私の大学時代だから、もう五十年も
昔になる。

ある日の家政学の講義で、女性教授が
「家庭の目的は、それを構成する家族
一人ひとりの幸福にある」と語った。

当たり前の話なのだが、それにしても、
彼女の物言いには妙に力がこもって
いる。誰かが家族の中にあって、一人
ひとりの幸福を破壊しているのだとする
気負いが、発言の背後に感じられた。

この傾向は、今日の高等学校の家庭科
にも引き継がれている。淡々と授業が
展開されるのではなく、常に何者かが
家族を圧迫しようとしている。家庭科は
これらの不当な圧力と戦わねばならぬ
という「悲壮感」に溢れている。

昭和31年 渋谷 東急文化会館開業 跡地には2012年(平成24年)、新たな複合ビル「渋谷ヒカリエ」が開業した。

1956年(昭和31年) 渋谷 東急文化会館開業
跡地には2012年(平成24年)、新たな複合ビル「渋谷ヒカリエ」が開業した。

戦前の父親といえども、決して「家族の敵」
だったわけではない。赤貧(せきひん)洗う
ような貧しさの中でも、父は、家族にひもじい
思いをさせまいと必死であった。

母が、我が身以上に家族に尽くしたことは
言うまでもない。厳しさの中で、ひしと身を
寄せ合い、いたわり合って生きていたのが、
戦前のごく普通の家族だったのである。
まして今日、我が子を無視して自分の利益
のみを考えたり、子を搾取の手段としたり
するような親はどこにもいない。それなのに
家政学や家庭科は、どうして今も「家庭の
民主化」のため、これほどに張り切ってしまう
のであろうか。

 

 

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