似顔絵1 - コピー (2)昨年の7月より毎週土曜日に配信してまいりました〖ほりしぇん副校長の教育談義〗ですが、今回の第43話をもって一区切りとさせていただきます。どうもありがとうございました。

今後は日々の学校の様子を中心に情報をお届けしていきます。また来週以降、これまでの〖教育談義〗を改めてお読みいただきやすい形でご紹介できればと思っています。引き続きよろしくお願いいたします。

*先週はGW中のため、配信をお休みさせていただきました。

(中学校副校長 堀内雅人)

 

11 『卒業研究』の1年

 

本校での『卒業研究』の実践は、今年で27年目を迎えました。常に試行錯誤の連続でした。これがベストであるという形には、まだまだ行きつきません。ただ、年度が替わるたびに目の前の生徒と日々向き合いながら、さらに良い方法はないかと悩み続けることができたからこそ、新旧の教員が入れ替わりつつもここまで続けることができたと、逆説めいた言い訳もできるかもしれません。

最後に、現在の中3『卒業研究』の一年間の流れをご紹介します。ただし、今後も生徒の取り組みを見ながら改善を続けていかなければならない未完のプランです。

 

① <11月下旬>中2『卒業研究ガイダンス』

中学2年生を一堂に集め、「卒業研究」に対する我々の思いと、1年間の大まかなスケジュールを伝えます。先輩の姿を漠然と眺めていた2年生もこの日から本格的にテーマ探しを始めることになります。

 

② <1月下旬>中3『卒業研究』発表会

中学3年生が1年間かけて研究してきた成果を、全員がお客さんを前にプレゼンする日です。1日目は下級生の1・2年生向けの発表です。下級生の前というのは殊のほか緊張するようです。でも、これが自信へと変わります。短いながらも質疑応答の時間には質問や感想がだされます。下級生は、一人ずつコメントカードに感想やアドバイスを記入し、発表者へと渡されます。自分の発表に関心をもってもらえているという気づきは大きな喜びであり、もっとしっかり伝えたいという積極性へとつながっていきます。また、廊下には一人一人製本した卒業論文の冊子が並んでいます。

2日目は、保護者や一般の方への発表です。保護者ボランティアの方も来てくださっています。前日の発表よりも格段にうまくなっています。緊張する場というのは、子どもたちを大きく成長させます。人前で発表することに苦手意識を持っていた生徒ほど、努力の跡が見られます。中学2年生は、そんな上級生の姿を見ながら、おぼろげながら思い描いていた次年度の自分の取り組みについて本格的に考えていくことになります。

 

③ <2月初旬>中2『テーマ相談会』

生徒たちは9年生(中3)の発表に大きな刺激を受けています。自分はこんなことをしてみたいと、すでに思っている生徒も少なくありません。しかし、思いだけではなかなか研究は進みません。生徒には挑戦してみたいテーマ、問いを複数、考えるように指示します。そしてそれに関する本をひたすら読むように勧めます。図書室には中学生でも読めるような文献を用意し、紹介してもらいます。この時期にたくさんの本を読んでおかないと、テーマ(問い)は磨かれていきません。

ボランティアの方の中には、大学などの研究機関でご自身が研究テーマを持ち、論文を書き、発表する、また学生の卒論指導をされている方も多くいらっしゃいます。第1部ではそのような方にお願いし、研究の進め方について具体的な例を挙げながらわかりやすく説明していただきます。我々中学の教員にとっても大変勉強になります。

 

今年度の第2部は生徒が13~14人程度の10グループに分かれ、学年の教員と25人のボランティアの方がそれぞれの教室に入りました。生徒が一人ずつ現段階で自分が研究しようと考えているテーマについて、今後の具体的なプランを含めプレゼンをし、ボランティアの先生との対話を全員で聞きます。なかなかスリリングなやり取りです。それぞれ貴重なアドバイスをいただきました。

私たち教員としては、お忙しい中ボランティアで来ていただくことについて大変恐縮していたのですが、「大学生と違って、中学生というのは刺激的ですね。素直で面白い発想をします。こちらが勉強になります。」「自分の子どもが中学3年になった時のことを思いながら、楽しく時間を過ごしました。」「保護者も先生たちと一緒になって、学校の取り組みをすることができるというのは素敵ですね。」そんなことを言っていただき、ホッとしたことを覚えています。

お昼をはさんで、ボランティアの先生方と我々教員とで茶話会を持ちました。生徒へのアドバイスの仕方について、印象的な生徒とのやりとり、卒研の取り組みの最も大切にしなければならない点など、和やかな雰囲気の中で語り合う貴重な時間でした。また、「研究所を見学してもらうこともできる」「このテーマなら、大学に戻って専門の先生を紹介できる」「この生徒が本当の意味での自分のテーマを見つけられるよう、引き続き相談にのってあげたい」など、これからにつながるありがたいお話もありました。ボランティアの方々には、お一人ずつ自己紹介とご自身の専門について語っていただいたのですが、それがまた面白く、お互いに好奇心を刺激される楽しい会になりました。このような取り組みは、教員にとってもボランティアの方にとっても、自分自身が楽しめるものでなければ続いていくことはないでしょう。教員にとっても大きな勉強の場となっています。

 

④ <4月初旬>中学校教員とのサイン相談会ウィーク

卒研相談カードに「テーマ」と「なぜそのテーマについて研究したいと思ったか」を記入することが、春休み中の課題になります。そのカードを持って先生に相談し、認められた場合、サインをもらえます。この1週間のうちに学年外の先生を含む3人の先生からサインをもらわなければなりません。動機があいまいであったり、実際何をしたいかがはっきりしない場合は、カードは突き返されます。職員室には再度提出に訪れ、何とかサインをもらおうと熱心に自分の思いを主張する9年生の姿が見られるようになります。今年も卒研が始まったなと教員全体で実感する時期です。

サイン相談会の前には校長・副校長を含む全教員のリストが生徒に配られます。どの先生に相談してもいいのです。彼らはここで学年外の教員と出会うことができます。また、教員リストにはその先生の専門だけでなく、個人的な興味関心についても記載されています。国語の先生が映画やアニメ、ファッションについて。英語の先生がジェンダーや貧困・環境・平和問題について。理科の先生はロックやジャズに関すること。ある数学の先生は海水魚の飼育を関心分野として挙げています。ここで生徒は先生の別の側面を見ることができます。たぶん、どの先生に相談に行こうかと緊張半分、楽しさ半分でこのリストを読んでいるのではないでしょうか。

 

⑤ <4月下旬>担当教員の決定

担当教員が決定します。ここから1月の発表会まで2人3脚の取り組みが始まります。まずは、研究の目的をはっきりさせ、漠然とであってもその目的に至る研究の流れを構想します。当初の問いが果たして研究するに値するものなのか、あるいはより具体的なテーマに絞ることはできないか、自らの問いを問い直します。また、その中に必ず実験やフィールドワーク(してみる計画)を組み入れなければなりません。

5月末には「してみる計画」企画書を提出します。年数回の担当教員との打ち合わせ会は学年で用意しますが、基本的には昼休みや放課後の時間を使って、生徒たちは担当の先生との打ち合わせを重ねていきます。

 

⑥ <6月初旬>「してみる計画」相談会

良い問いがあれば、おのずと仮説が立ちます。その仮説を検証するためには、どのような調査、取材、実験をしなければいけないか。たんに文献にあたるだけではなく、まさに自分の手や足や目や耳を使って行動する、それこそが「してみる計画」です。そのためには、さまざまな方のサポートが必要になってきます。

昨年の相談会では、生徒は10の教室に分かれました。また、中学校の全教員が各教室に割り振られました。7・8年(中1・2)はこの日短縮授業となり、中学校の全教員が9年生の教室に入ります。その上で、専門をお持ちの卒研ボランティアの皆さんがこの日は21名、学校まで足を運んでくださいました。

大学の研究者(東京工科大、東京外国語大、大妻大、目白大、一橋大、日大、東北大、元早稲田大)、恩賜上野動物園職員、裁判所、理化学研究所、元NEC専任エキスパート、小児科医、組織開発、システム開発、NHK、テクニカルライター、漫画家、エンターテイメントビジネス、絵画修復、国土交通省・・・。様々な分野のエキスパートの方々です。

生徒は一人一人、自分のテーマについて、また、どんな「してみる計画」を考えているかプレゼンしていきます。もちろん、何をしたらよいか具体化できていない生徒もいます。思いついていなければ思いついていないと、はっきり言うように指示します。ごまかすことからは何も生まれません。困っていると正直に言った方が必ず良いアドバイスをもらえます。生徒たちは互いに質問し、感想を述べあいます。その上で、教員やボランティアの方がコメントを述べます。さて、どんな「してみる計画」が実現するでしょうか?

 

⑦ <9月初旬>「してみる計画」報告会

夏休みに各自が実行した「してみる計画」の報告会です。グループごとに発表し、互いに質疑応答します。同時に、卒業論文の執筆に向け、結論に至るまでのアウトライン、「章立て」を練っていくことになります。「卒研ノート」にたくさんの文章やメモが書いてある生徒も、どれを採用し何を割愛するか決断しなければなりません。ましてや、これまでの研究の不十分さが露呈してしまった生徒にとっては、厳しい時期です。思うように進まなくなると、担当教員のところへ逆に相談に行きづらくなってしまいます。でも、そんな時こそ担当の教員とのコミュニケーションの大切さを思います。見通しが立てば、筆が進みます。

書き出すまでが最もつらい時期のようです。ある程度書き始めていくと、やっと「楽しくなってきた!」という声が聞こえてきます。

 

⑧ <11月下旬>卒業研究論文、データ提出

この時期、「初めて勉強で徹夜した!」という会話をよく耳にするようになります。あれだけ難しい顔をしていた生徒たちが、提出を済ませたとたん急にホッとした良い笑顔になります。そのような意味で締め切りがあるというのは現実問題として本当に大切だということを感じます。でも、正直なところここからが大変なのです。提出したのはいいものの、担当の先生の赤ペンがまだまだ入ります。12月の学期末は期末試験のための勉強に専念しなければなりません。実は冬休み中に学校にやって来て、担当の先生と1対1でパソコンに向かっている生徒は少なくありません。1月の始業式の日に原稿は印刷にまわします。実はこの日が前もって生徒には伝えていない内緒の締め切り日なのです。

また、冬休み中は発表用のパワーポイントのスライドづくりが課題となります。自分の研究を約5分のスライドにまとめなければなりません。ただ、論文を書き上げた生徒にとってこちらはそれほど負担ではないようです。自分で様々な工夫をします。生徒同士、教えあったりしている姿も見られます。今の中学生の、ビジュアルの面でのセンスには驚かされます。

 

⑨ <1月中旬>卒業研究発表会リハーサル

10の教室に分かれ、本番の発表を想定しながらパワーポイントでのプレゼンを行います。冬休み中に生徒たちがどのようなスライドを作ってきたか、この日明らかになります。司会やタイムキーパーも生徒が担当します。5分で収めるのは殊の外難しいようです。テンポよく話せるよう練習を重ねるか、説明の内容を一部割愛するしかありません。最も伝えたいことは何なのかが問われます。発表本番までの約1週間、真剣勝負が続きます。

 

このようにして、「中3卒業研究」の一年が終わります。そして、それは次年度の「卒業研究」の始まりの日ともなります。この実践を通してこれまで私は、さまざまな生徒と出会ってきました。そしてその生徒を通して、さまざまな方々に出会わせてもらってきました。とても豊かな営みです。

「なぜ中3に卒業研究を課すのか?」という問いは、私の中では「中学校は何のためにあるのか?」という問いと深い部分でつながります。そしてそれは中学生に最も伝えたいことでもあります。楽なことより楽しいことを!自由に生きるために、時に思い込みやうすっぺらな常識の眼鏡をはずし、世界を切り取るための複数の視点を持ってほしい。そのためにこそ、教科の授業があるのです。失敗を恐れず、自分の殻を破るために一歩、行動に移してほしい。その勇気を持てるよう、そっとその子の背中を押してあげることができる教員が私にとっての理想です。

新年度、またどのような生徒と出会うことができるでしょうか。

(完)

 

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