日々感じる中学生の姿、中学校での学びについて考える連載〖ほりしぇん副校長の教育談義〗(毎週土曜日配信)第22話は、「『学校をもっと開かれた場所に』②-特別授業:この人に会いたい」です。
昨年度・今年度とコロナ禍の中、外から特別講師を招くことがとても難しかったのですが、先日『キリン解剖記』(ナツメ社)の著者である郡司芽久さんを講師としてお迎えすることができました。今回のブログでは、教科の授業だけではなく、特別授業「この人に会いたい」をなぜ大切にしているのかお話ししたいと思います。
(中学校副校長 堀内雅人)
明星学園中学校では、社会の一線で活躍する「おとな」をお招きし、特別授業『この人に会いたい』を実施しています。学校がカリキュラムとして決めている企画ではありません。学年の教員や生徒から出てきた声が実現していきます。
「一般の講演会依頼ならお断りしているんです。でも、中学生に求められたのではお断りできません。」笑顔でそう言ってくださった方がいらっしゃいました。「大人相手の講演なら慣れているのですが、中学生に話をするのは初めてなんです。」不安そうな面持ちで来校された方もいらっしゃいました。
そこでは、講師の先生の人生が、貴重な経験が、ご専門の学問が語られます。その方にしかできないお話です。生徒は夢中になって聞いています。どこまで理解できているのかは正直分かりません。しかし、何かが伝わっているのを感じます。
講師の先生に共通しているのは、自分にできることを見つけ、自分の個性を誰かのために活かそうとしている姿です。ただ、ご自身のやるべきことを見つけるきっかけは、けして幸福な出来事だったとは限りません。広島で被爆したこと。中学校時代に立て続けに家族を失ったこと。チェルノブイリの原発事故の影響で甲状腺がんに苦しんでいる子どもたちの映像を見たこと。
生徒たちには、自分の夢を見つけてほしいと思っています。自分の人生を歩んでほしいと願っています。しかし、自分の思い通りにすべてがいくことなどありません。この先大きな挫折も経験するでしょう。その挫折からどう立ち直るか、いや挫折をばねにどう前へ進むことができるか。それが生きる力だと思うのです。だからこそ、中学生時代にたくさんの本物の大人に出会ってほしいのです。
講師の先生のお話の中には常に中学生への温かなメッセージが込められています。そこに共通するのは、「自分自身で感じ、自分の頭で考えてみよう。」さらに、「考えているだけではなくて、行動してみよう」ということなのだと思います。「たとえ当初の思い通りにはいかなかったとしても、行動してみることで思いもしなかった展開が生まれてくる、思いもしなかった宝を発見することができるよ」ということです。このような言葉は、中学生だけでなく我々にも勇気を与えてくれます。
授業の後、しばしば講師の先生からこんな感想をいただきます。「生徒の質問にドキッとさせられました。一見幼そうに見えて本質的なことを聞きますね。大人の講演会では、どのような質問が出るのか大体想定できるんです。明星学園の中学生はちがいますね。とても面白かったです。」明星学園の教員であることを誇らしく思える瞬間です。と同時に日頃から、本当に本質を見極める力をつける実践ができているのか、改めて身が引き締まる瞬間でもあります。
ここ数年でお呼びしたのは、次のような方々です。安田菜津紀さん(フォトジャーナリスト)『写真で伝える仕事』、菅谷昭さん(元医師、現松本市長)『21世紀を生きる君たちへの期待』、アーサー・ビナードさん(詩人)『そこに込められていた深い意味』、ダグラス・ラミスさん(政治学者)『世界で今起きていること』、小谷孝子さん(被爆体験証言者)『被爆者の声を聴く』、佐藤和孝さん(ジャーナリスト)『信念をもって仕事をするということ』、三輪悟さん(上智大学アジア人材養成センター)『カンボジアの世界遺産―アンコール遺跡群を護る』、保立道久さん(東京大学史料編纂所名誉教授)『地震火山列島の歴史を考える』、馬場龍一郎さん(カメラマン)『なぜ人は人の写真を撮るんだろう』、畑口勇人さん(浅川伯教・巧兄弟資料館学芸員)『浅川巧の生き方―「共に生きる感覚」とはなにか―』、池上彰さん(ジャーナリスト)『政治入門』・・・
身近な先輩として本校の卒業生にもお願いし、自分の小中学校時代の話、今の仕事(研究)、なぜその仕事をするようになったのか、在校生に伝えたいことなどを語ってもらいます。ジャンルは以下のように様々です。沙央くらまさん(元宝塚歌劇団)『夢を叶える』、柳亭小痴楽さん(落語家)『落語入門』、田島夏子さん(京都大学野生動物センター)『私のイルカ研究』、高橋佑磨さん(千葉大助教)『明星とわたし―何がどうなって研究者になったのか―』・・・
もちろん、学校での学びの中心は日々の授業です。特別授業だけで学校は成り立ちません。しかしここで大切なのは、特別授業を企画することが、けして教科の授業を軽んじていることにはならないということです。むしろなぜ勉強しなければならないかという本質的な問いに向き合うための示唆を多くの生徒は与えてもらっているように感じるのです。今悩んだり葛藤していることが、どのように将来につながっていくのか、そのために何が必要なのか一歩を踏み出す勇気をもらっているように思うのです。
先日、大学受験を前にした高3生が中学の職員室にやってきて、目を輝かせながら自分の夢を語ってくれました。夢がたくさんあってまだ絞り切れていないのが悩みのようでした。それでも最後、「後輩の中学生に『この人に会いたい』で自分を語れるような人になりたい。」そう言って帰っていきました。このような何気ない瞬間に大きな喜びを感じる今日この頃です。