前回は、私の感じる中学生像を、さらには彼らにこの作品を出会わせたときに生徒の中で起こるであろう授業者としての期待を述べました。それは、この作品の読みをとおして、自分自身の日常の関係意識を対象化するきっかけになりうるのではないかということでした。ただし、これは授業者としての思いであり、これがすなわち授業の目標とはなりません。
授業の目標とはあくまで作品に即してたてられなければならなりません。その目標が達成されたその結果として、上に述べた期待に応えてくれる生徒が出てくるならば、授業者としてこれほど大きな喜びはありません。
そこで授業の目標を次のように立てました。
a 「メロス」「王、ディオニス」の人物像をしっかりとらえる。(メロス=正義、王=邪知暴虐、というだけでは作品を読んだことにはならない。強烈なイメージ語の陰に隠れている「ことば」をしっかりとらえ、表面的ではない深みのある人物像をイメージさせたい。)
b 「語り」の問題を意識させる。
c 巧みな心理描写や人物描写、情景描写のおもしろさを読み、味わう。
d a~cを学習したまとめとして、王(ディオニス)を視点人物とする一人称小説を書く。
② 中学生は初発で『走れメロス』をいかに読んだか?
ここでは、私の投げかけた問いに対して生徒がどのように考え、読みを深めていったか、その一部を紹介したいと思います。
▢あるクラスの初発の感想
【メロスについて】
・“信じられているから走る”というメロスがかっこよかったです。メロスは妹思いで、自分のことより人のことを考える人だなと思った。(Sさん)
・はっきり言って、私はこの話を好きにはなれない。だってメロスは世間知らずだし、きれいごとばっかり言っているし、友だちのことを勝手に人質として決めたのもどうかと思う。私だったら、そんな人のことを勇者だ、なんて認めたくない。(Nさん)
先に紹介した友情をテーマにした短歌を思い出します。相対立した二つの感想として提出されました。もちろん完全に肯定、否定で言いきれる感想だけではありません。
・メロスは人を信じている。友をあんなに信じているなんてメロスもセリヌンティウスもすごい友情、信頼で結ばれているんだなと思った。あと、メロスが3日しかなかったのはわかるけど、妹の花婿さんは困ったと思う。ぶどうの季節に結婚するつもりだったのに急に明日にするなんて無理がある。それと、メロスってすごく強い人なんだなって思う。山賊も倒して、ずっーと走ってる。普通の人だったら山賊に殺されちゃいそうなのに。それでメロスが倒れたときにでてきた水はすごい。そのおかげでメロスはまた走れた。最後にメロスも幸せになれて良かった。(Tさん)
・愛がなんだ?信じることが大事?メロスみたいな人はこの世にいるのか。もし自分がメロスだったら絶対逃げていた。メロスはすごいと思う。けど、人を疑うことはいけないことなのか。こんな世の中で全員を疑わずに信じることは私には出来ない。それが出来るというのならば苦労はない。命乞いしてなぜいけない。(Fさん)
・人間の良い心の部分と悪い心の部分が表現されている。やっぱり、メロスのように正直者でまっすぐな人にも、疑ってしまったり、自分の考えが正しいとうぬぼれてしまったりするところがある。でも、何か一つでも信じられるものがあれば立ち直り、強くなれる。そんな人間の芯の強さを感じた。また、メロスのような正直者が悪い心を持った人間の中の良き心を呼び覚ますことができる!と思った。(Kさん)
【王様について】
・暴君ディオニスが人を信じられないからと人を殺すのはありえないと思った。最後、改心したみたいだったけど、この人がこの後どうなったのか知りたい。(NAさん)
・王様は、本当は自分が信じられる人がほしかったのだと思う。命より信頼とかの方がよかったのかな。王様は寂しかったのだと思う。(Yくん)
・人を信じることが出来ない王の気持ちは一番人間らしい。本当の心なんてそう簡単に知ることが出来ないのだから。人を信じるというのは実は勇気のいることなんだなと思った。(Kくん)
王ディオニスに対する印象が生徒によってさまざまであったのは一つの発見でした。と同時に、人物像を深めていこうという今後の授業に手ごたえを感じた瞬間でした。
【セリヌンティウスについて】
・私はメロスみたいな人はあまりいないと思うし、好きじゃない。逆に好きな人は友人のセリヌンティウスだ。まぁちょっと名前が長いけど、メロスを信じて待ち続けるなんて勇気があると思う。(NAさん)
・私はメロスよりも親友の方がすごい人だと思った。私だったらそんなことを頼まれたら断ると思うけど、その人はメロスが戻らないで自分が殺されるかもしれないという心配をしないで受け入れたことがすごいと思った。(Kさん)
・メロスに身代わりになってくれと頼まれたとき、無言でうなずいたセリヌンティウスに驚きました。友人を信じている、信じ切っているセリヌンティウスがすごいと思った。(Sさん)
【作品全体について】
・イメージの色は赤。すごく情熱的だなーと思う。というより、情熱的すぎて怖いくらい。それにメロスがゲームの主人公に見えてくる。だれかに操られているみたいだし、一定のタイムまでに着かなければタイムオーバー、そこで死んでしまう。物語じゃなくて独り言みたい。本当に気持ちの悪い作品だなーと思った。(Iさん)
・「走れメロス」の語り手が誰なのかわからなかった。「わたしは~」とか始まるところはメロスってわかるんだけれど、「メロスは~」というところと「走れ!メロス」って自分に言い聞かせるセリフが、語り手なのかメロスなのかちょっとわかりにくかった。あと、メロスが最後すっぱだかなのに群衆の人たちが気づかないのはどういうことか、というかいつからすっぱだかにって感じだった。あと最後に「勇者はひどく赤面した」というのは少女にマントを渡されたのが恥ずかしかったからなのか、自分がすっぱだかだったのが恥ずかしかったからなのかわからなかった。それともどっちもか。(Hさん)
・文章のテンポが変わるのが好き。ぱっと見、あまり段落を分けていないようで読みづらそうだが、私はスラスラと読めた。 あの王みたいな人、ふつうにいそう。というか、みんないそう(メロスとかセリヌンティウス)。なんかこういう設定でそういう人たちをたとえている?みたいな気がする。それに、セリヌンティウスの最後の一言が意味深。あと、少女の渡したマントが緋ってとこも。勇者だから?最後、メロスのことを勇者って言ってることに何か関係があるのだろうか。なぞがいっぱいである。(Kさん)
・最後の場面、なんで裸になる必要があるの? 感動で終わってほしかった。(NMさん)
・太宰作品で人間不信の人、割にいるような・・・。(Kさん)
・メロスとセリヌンティウスの友情はとても深くて、すごく信頼しあっていていいな…と思った。でも、この物語は現実的じゃなくて、読んでいるうちに嘘っぽいな、本当にこんなことありえるのかなと思った。こんなに人と人って信頼しあえるのかな…って。友だちのために自分の命をささげることができるのかなって。こんなに良い人はいるのかなって。この本を読むと色々な疑問がでてくる。(Mさん)
・なんかすごい話だなと思った。こんな人はめったにいないと思うし、人質になった人もふつうならいいなんて言わないし、そんなに信じられることってないと思う。逆に人を信じこみすぎて、人にどんどんだまされそうな感じがする。最初、ありえないくらいひどかった王様が、それだけで改心したのも少し疑問だった。それに周りの人も、「王様万歳」って家族殺された人もいるのによく言えるなぁ。王様にも二年の間に何かあったのかもしれないけど……。(KAさん)
・きらいです。おもしろくない。メロスが好きになれない。私は王様の意見と同じ。どうせ正しいこと言ってもむだだと思う。最後のメロスは、みんなが美しいと言っても、私はバカみたいと言う。逃げればいいのに。セリヌンティウスも、どうして頼み事を断らなかったのだろうか……? 裏切られるかもしれないのに自分の命をさしだせません、私は。そんなにすごくもないし、正義なんて何も得られやしないのに。だから私は嫌いです。(KDさん)
・マンガみたい。試練を乗り越えて、結局は仲間になる、とか。いつ書かれたものなのかはわからないけど、こういう内容は今ではたくさんありそう。「走れメロス」の影響なのだろうか。(HIさん)
・人を信じることができない王様が、メロスが約束を守ったことで仲間に入れてほしいというのは、なんだか少しおかしいと思う。だって、今まで誰の言葉も信じず、自分の家族さえも信じられずに殺してしまった王様が、メロスが約束を守ったことだけで心が入れかわり、いい王様になるのは話として少し変だ。確かに、ただの牧人だからこそ絶対に戻って来ないで、友を見捨てると思っていたのに戻ってきたらビックリするけど、それだけで人の心ってそんな簡単に変わるのかな?って思った。(KGさん)
・王が山賊におそわせたのは、もしメロスが帰ってきたときに、友情やきずなを認めたくないからおそわせたのかな。だけど、山賊を倒してまでボロボロになったメロスを見て、心に変化が生まれたのは当たり前なのかもと思った。(Aくん)
・正直、こいつらは聖人君子か!と思った。多分、最も人間らしく、醜いであろう人間の悪の部分が感じられなかった。セリヌンティウスもメロスも互いに一度そんな悪意を感じたが、それ以外は聖人のそれに見えた。こんな人いたら凄いなあ。(MAくん)
・私はこの物語を前に読んだことがある。その時は、あまり面白くない文章だなあと思った。だけど、今回読んでみると前には思わなかったことが感じられた。描写がとてもうまい。その時の状況がとてもよく分かるし、少ししつこいような気もしたけど、メロスの強い意志がとてもよく伝わってきた。現実では、これありえる?と思うところもあったけど、描写の良いところをまねしたいと思った。(MYさん)
・ツッコミ所がやたらとあるコメディ。たとえば、王は「遅れてこい」と言っていたのに王の命令でメロスを殺す山賊がいるのはおかしいだろう。(NNくん)
・私はこんな人間になれるだろうか。友をこんなに信じることができるだろうか。メロスの悪い夢。これはメロスの心の奥に住みついていた不安だと思う。不安はその人も気づかないうちに心の中で芽生え、じわじわと広がる。そして一気にぱっと襲ってくるのだ。人間は不安を作り出し、それによって自滅する。でも、メロスはそれに負けなかった。私はメロスのようにはなれないと思った。あんなに走れないと思った。でも、もしその友が私の大切な友ならば、私は走ると思う。でもそれは、きっとすべてが友のためじゃない。自分のためだ。逃げれば私は一生苦しむ。一生苦しむくらいなら約束を果たし、死んだ方がいい。(Iさん)
一読後の初発の感想にもかかわらず、素朴でありながらも作品のテーマに迫るような読みが出ているのに驚かされます。メロスに対しては当然のことながら肯定派と否定派がいます。物語の世界について嘘っぽいと感じている生徒がいる一方、現実にありうる世界をたとえとして描いているのではないかと感じている生徒もいます。では、なぜそう感じたのか? 国語の授業の中では、文中から根拠を挙げながら説明できることが求められます。そこで、次のような課題から授業を始めました。 (次回に続く)
◇ ほりしぇん副校長の教育談義(24)国語の授業『走れメロス』①なぜ今、『走れメロス』か?