似顔絵1 - コピー (2)正門の桜はすっかり散ってしまいましたが、生命力あふれる新緑の季節です。様ざまな花々が咲き誇っていて井の頭の公園はとても華やかです。

私は今年度7年(中1)生の「哲学対話」の授業を担当することになりました。年度初めの授業、みんな緊張の面持ちですが、しっかり手を挙げて自分の考えを述べることのできる生徒が多く、これからの授業が本当に楽しみです。

〖ほりしぇん副校長の教育談義〗は、『中3卒業研究の実践』の9回目。今回で第41話になります。お付き合いいただき、本当にありがとうございます。

(中学校副校長 堀内雅人)

 

1 中学生の「卒業論文」との出会い(第33話)

2 中学生の「卒業論文」を提案(第34話)

3 早稲田中学校の実践(第35話)

4 なぜ中学生に『卒業論文』か?(第36話)

5 『卒業論文』から生徒全員の『プレゼンテーション』へ(第37話)

6 最も大切なテーマ探し~その1(第38話)

7 最も大切なテーマ探し~その2(第39話)

8 今求められるフィールドワークとしての「~してみる計画」(第40話)

 

9 「してみる計画」と保護者・卒業生ボランティアの役割

 

『卒業研究』において、担当教員の一番の役割は、良き聞き手であることだと思っています。生徒の研究するテーマにおいて、担当教員が専門性を持っているわけではありません。教科の授業においては、その専門性が問われます。しかし、こと『卒業研究』においては生徒の側が他者に伝える主体なわけです。「その具体例では説得力がないよ!その事実だけで一般化できるのかな? 難しくてわからない。もっと分かりやすく説明してほしいな。」担当教員は、あまり物分かりよくなってしまってはいけない気がするのです。

一方で、参考文献の見つけ方、引用するときのルール、図書館の利用の仕方など事前に指導しておかなければいけないことはもちろんあります。それらの中で、「~してみる計画」を一緒に考えてあげることの重要性はますます大きくなっています。人と人を結び付けてあげることは、研究をただの調べ学習で終わらせない重要なポイントにもなっているのです。

しかし、教員一人一人の情報、人脈には限りがあります。また、本校のように大学を持たない小さな学校においては、直接相談できる場もありません。そこで、本校では在校生の保護者の方々に向けて『卒業研究保護者ボランティア』なるものを募ったのです。専門をお持ちの方で、生徒の研究テーマについて相談にのっていただける方、現場を紹介いただき、見学やお話をうかがえる場を提供していただける方。すると、こんな方々から了解のお返事が舞い込んできました。

 

理化学研究所研究員(理論物理学)/新日鐵住金研究所(鉄づくり・鋼板の加工技術)/住友商事(環境問題・国内電力)/日本マイクロソフト(認証)/日本放送協会(報道・番組制作・情報通信)/読売新聞/朝日新聞

上智大学教員(フランス史)/一橋大学教員(数学)/日本大学教員(教育学)/大妻女子大学教員(服飾文化・デザイン)/工学院大学教員(数学)/東京外国語大学教員(言語学・ことばと文化)/目白大学教員(美術教育)/法政大学能楽研究所/武蔵野美術大学教員(芸術文化)/首都大学東京(インテリアデザイン)

日本IBM研究員/地方公務員(保育・幼児教育)/システムエンジニア(プログラミング)/テレコスタッフ株式会社(映像・ドラマ・マスメディア)/半導体設計と技術研究開発(画像処理・色の原理・視覚・Cプログラム)/生態学・動物調査/学芸員(日本考古学・遺跡訪問)/美術館博物館学芸員

縫製業(針仕事)/中国帰国者支援・交流センター/アロマテラピーインストラクター

獣医師/恩賜上野動物園飼育係/小児科医師/保健師/看護師/ろう学校/薬剤師

漫画家/ライター/翻訳家/絵本作家/フルート演奏/音楽分野におけるドイツ語通訳・翻訳/インテリアデザイン/カラーコーディネート・・・・・・

 

申し出を頂いた方の一部を紹介させていただいたわけですが、これをみるだけでも保護者の方々の多様さ、文化的な豊かさを感じずにはいられません。学校というものはどうしても閉鎖的になりがちです。同じ年齢の生徒が同じ教室に集められ、同じ方向を見ている。教員が「責任」という名のもとに生徒を囲い込んでしまう。これからの時代、学校がもっと社会に開かれ、学びの場としての可能性が広がっていくことを期待します。教員の役割が、専門の教科を教えることと同時に、開かれた学びの場へとつなぐコーディネーターの役割を果たしていくことになるのではないでしょうか。

 

保護者ボランティアや卒業生の協力者からはさまざまな、「~してみる計画」のアドバイス、紹介等をしていただきました。ここでは、担当教員から私に届いた報告の一部を紹介させていただきます。

 

◇研究テーマ:「グラフィティ」(壁の落描きアート)

卒研ボランティアの高橋のぼるさん(漫画家)からは、「黙って落書きをしたら、それがいかに素晴らしかったとしても犯罪になってしまう。でも、きちんと了解を取り、打ち合わせをした上で表現すれば、それは多くの人に喜んでもらえる作品になる。そういう経験をしてほしい」、そんなアドバイスをいただきました。 表現の実践的な研究ができる良い機会を探していたところ、高橋さんが精力的に動いて下さり、吉祥寺北口「ハモニカ横丁」のラーメン店「珍来亭」さんのシャッターに、作品を描かせて頂けるという幸運に恵まれました。デザイン画のプレゼンなど、高橋さんや店主の飯田さんと打合せを重ねた後、定休日の現場に色とりどりのカラースプレーで制作を決行。WELCOME BACK(おかえりなさい)と語りかける、鳥のカラフルなキャラクターが一気に描きあがりました。出来映えをご店主にも大変喜んで頂け、営業時間外の「お店の顔」として、親しまれる存在になることが期待されます。制作の過程は今後論文としてまとめていきます。

 

◇研究テーマ:「どうすれば読者を感動させる小説を書けるか?」

本校の卒業生(59回生)で小説家の唯野未歩子さんに会っていただくことにしました。場所は国立のロージナ茶房。山口瞳が常連だったことで有名なカフェですが、石原慎太郎が一橋大学の学生時代、芥川賞受賞作である『太陽の季節』の原稿を書いていたというお店でもあります。そんな文学の香りのする中、「小説を書くときに大切にしていることは何か?」「どうすれば人を感動させる小説を書けるのか?」といった答えづらい質問にも、雑談を交えながらお話ししてもらいました。現在の出版界の状況や編集者と作家との関係など、私も興味深く聞かせてもらいました。

 

◇研究テーマ:「人間の悪は罰することで解決できるのか」「死刑囚」

教誨(きょうかい)師の嵩海史(かさみひろし)さんのお話を伺いに、9年生(中3)2名と出かけてきました。訪問先は埼玉県東松山市の了善寺(真宗大谷派)で、嵩さんが住職をされているお寺です。教誨師という職業はあまり広く知られていませんが、刑務所で被収容者の求めに応じて宗教者として話をしたり、彼らの相談にのって社会復帰を支えたりする、といった活動をされている方々です。仏教やキリスト教を中心に、全国の刑務所で現在約1900名の教誨師の方が活動されています。

生徒たちは、事前に嵩さんへの質問を3点ずつにまとめて送り、当日は、その応答を中心にお話していただきました。たとえば、「今まで教誨をしていて1番印象に残った出来事は?」という質問や、「死刑制度は必要だと思いますか?」という、なかなか直球の問いかけもありました。嵩さんはこれらの問いに対して、一つずつ丁寧に、生徒たちにも分かりやすくお話をしていただきました。

生き急ぐように10代で2度の結婚をして刑務所に入ってきたある少女の話。殺人犯は他の受刑者に比べて警戒心が強く、なかなか心を開こうとしない人が多い印象があること。また広島の刑務所では教誨師は「お化けの話」はできない(タブー?)らしいという小話も含めて、お話しいただける範囲で、たくさんの貴重なお話を伺うことができました。

 

◇研究テーマ:「オリジナルとは何かを2020年東京五輪エンブレム問題から考える」

保護者ボランティアでデザイナーの冨宇加淳さんにお話をうかがいました。冨宇加さんの略歴とお仕事についてお話しいただいた後、あらかじめ用意しておいた質問にお答えいただきました。今回の五輪エンブレム問題をどう思うか、佐野氏のエンブレムの取り下げに賛成か反対か、普段のお仕事で模倣だといわれてしまわないためにしていることはあるか、などの質問に丁寧にお答えいただきました。

デザイナーは、クライアントの要望や納期、予算といった複数の制約がある中で作品を生み出していかなくてはならない仕事であること、今回の事件を報じたマスコミ報道の偏りの怖さ、これは自分のオリジナルデザインだというデザイナーの良心とプライドについてなど興味深いお話を次から次に聞くことができました。

そして最後には自分を知ることの大切さの話になりました。個性を大切にされてこなかったら、何が自分らしさか、何がオリジナリティかが分からなくなってしまう。生徒一人ひとりの個性を大切にする明星学園で是非、自分らしさを探求して欲しいと生徒への力強いエールをいただき、あっという間に時間が過ぎていきました。冨宇加さんの「もの作り」への純粋な気持ちが伝わってきたインタビューでした。これから結論を書いていく生徒にとって、この問題を自分に引き寄せて考える良い機会となりました。ご協力ありがとうございました。

 

◇研究テーマ:「夢に法則性はあるか」「自分に合った快適な睡眠を得るためにはどうすればよいか」「なぜ人は夢を見るのか」

夢や睡眠に関わるテーマを研究している生徒3名が筑波大学の国際統合睡眠医科学研究機構を訪問してきました。この研究所は、睡眠に関わるさまざまな内容を研究している施設です。館内には「夢」をモチーフにした大きなオブジェがあったりと、とても印象的な施設でした。当日は、機構長の柳沢正史先生が直接対応してくださいました。生徒が取り組んでいるテーマについて質問に答えて下さったり、関連事項を解説して下さったりと、とても丁寧に対応して頂けました。さらに実験施設を見学させて頂き、あっという間に時間が経ちました。とても充実した1日となりました。

 

◇研究テーマ:「ホームレスについて~どうしたらホームレスになれるのか~」

ホームレスに興味をもって卒業研究のテーマにしている9年(中3)生と、曙橋にあるビッグイシュー日本東京事務所に行ってきました。お話をしてくださったのは、スタッフである森さんです。「ビッグイシュー」は、ホームレスの方に雑誌を売るという仕事を提供し、自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると、そのうち180円が販売者の収入になります。

そもそも「ホームレス」は誰のことを指すのかということから始まり、ホームレス問題は、貧困問題などの社会問題の氷山の一角でしかないということをお話してくださいました。

また、ホームレスの方にとって、ビッグイシューを売るということは、単に収入を得るだけでなく、人とのつながりが大きな喜びにつながるというお話も印象的でした。その一方で、ビッグイシューを売りたいと訪ねてくるホームレスの方のうち5人中3人は、その日にいなくなってしまうそうです。それでも、来るものは拒まず去る者は追わずの方針なので気にしない。何度でもチャレンジできる場でありたい、敷居が低い場所でありたい。そして、このことをきっかけに居場所を見つけられるように寄り添っていきたいと明るく話す森さんの人柄も心に残りました。

実はお話を伺った日は休みの日で、ホームレスの方はいらっしゃらず。ホームレスの方がいるときにまたお邪魔したいという9年生。それでも今回の訪問で得るものがたくさんあったようです。彼女がどんな内容の論文に仕上げるのかが楽しみです。

そして、今回は、ガールスカウト群馬の方の訪問企画に混ぜていただき実現したものです。2人の高校生の思っていること、考えていることが聞けたことも刺激になったようです。森さん、ガールスカウト群馬のみなさん、ありがとうございました。

 

◇研究テーマ:「宗教戦争はなぜ起きるのか」/「宗教を信仰することはなぜタブー視されるのか」

「なぜオウム真理教は地下鉄サリン事件を起こしたのか」

埼玉県所沢市の宝泉寺(真言宗豊山派)を訪問し、色摩真了住職(卒業生)にお話をうかがってきました。色摩さんは、“仏教では、ものごとの原因・理由は一つとは考えず、さまざまな縁がからみあって成り立っていると考える”という仏教の教えを前置きに、生徒が事前に用意した質問について、一つずつ丁寧に答えていただきました。

 

◇研究テーマ:「刑務所」「教誨師」「死刑制度」

東京地方裁判所に9年生(中3)4名と裁判の傍聴へ行ってきました(霞ヶ関)。皆で相談して、810号法廷で行われていた傷害致死事件の審理を傍聴しました。

いわゆる裁判員裁判で、私たちが傍聴したときは、証拠品の確認や証人尋問が行われていました。裁判官・裁判員/検察/被告・弁護人の3者の間で交わされるやり取りは、まさに丁々発止、手に汗を握るような雰囲気でした。生徒たちは、普段はなかなか知りえない裁判の現場にふれて刺激を受けたり、検察側にわざと意地悪な質問をする弁護人に(そうとは知らずに)軽く憤ってみたりと、学び・感じるところの多い見学になりました。

生徒たちの研究テーマは、刑務所・教誨師・死刑制度など様々ですが、4人とも、司法関係をテーマとしている点で共通しています。まずは9月半ばの卒研中間発表会を目指して、見学の成果を活かして欲しいと思います。

 

◇研究テーマ:『里親制度、養子縁組、特別養子縁組。親子にとって最善の制度はどのようなものなのか』『なぜ子どもには家庭が必要なのか?』

保護者ボランティアの方の紹介で、東京外語大学を訪問。田島充士先生(心理学博士・学校心理士)にお話をうかがいました。

 

◇研究テーマ:『過激派組織「イスラム国」の実態とは?~イスラム教を背景に考える~』

保護者ボランティアの方の紹介で、東京外国語大学を訪問。飯塚正人先生(イスラム研究)にお話をうかがいました。

 

◇研究テーマ:『忘れるというはたらきに、何か意味があるのか?』『なぜ脳は100%使えないのか?』/『脳について』

保護者ボランティアの方が勤務されている理化学研究所脳科学総合研究センター(和光市)を訪問、ブレインボックスで脳科学分野のさまざまな研究成果を学ぶとともに、研究員の方には多くの質問に答えていただきました。

 

◇研究テーマ:『今の日本の安全はどこへ行ってしまうのか(安全保障政策)』

上智大学(四谷キャンパス)を訪問、樋渡由美先生(安全保障)からお話をうかがうことができました。「安全保障についてはさまざまな立場があるけれども、研究を進める上では多様な意見や考え方を聴いてみる方がいいよ」という卒研保護者ボランティアの方の紹介で、訪問が実現しました。生徒は6つほど質問を用意していきましたが、樋渡先生はゆっくり時間をかけて、一つずつ分かりやすく丁寧に答えて下さいました。世界の情勢を語るときは真剣な表情で、しかし生徒をまるでご自分の学生のように親しく接していただいたことが、印象的でした。

 

*次回に続く

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