2027年度入試、最初の中学校の説明会と中学・高校の授業の見学会を実施いたします。本校が大切にしている人間教育について、教育内容、進路状況などについてご説明をいたします。また、施設見学とともに、中学生の授業と高校生の探究授業の様子を見学できます。
約一か月前から予約開始
2027年度入試、最初の中学校の説明会と中学・高校の授業の見学会を実施いたします。本校が大切にしている人間教育について、教育内容、進路状況などについてご説明をいたします。また、施設見学とともに、中学生の授業と高校生の探究授業の様子を見学できます。
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高校3年生の選択科目「小論文講座」という科目では、授業内で小論文の書き方を学ぶ授業です。また、授業の課題として外部コンクールにも多数応募しています。
今年度は「税に関する高校生の作文」コンクールにおいて、1名が日野税務署長賞を受賞しました。作品は12月中旬に稲城市の城山体験学習館にパネル展示されました。
受賞した作品は「支え合いの象徴」というテーマで、日常生活の中で、これまで特に意識をしてこなかった税金について、祖父母の方に関する出来事や、能登半島地震発生直後に故郷の氷見市を訪れた体験を通して、税金が普段の生活や災害による地域の復旧のために使われていることを深く考察することができたという内容でした。


SDGs目標10「人や国の不平等をなくそう」に関連し、「平等とは何か」という問いを通して、社会や歴史を考える授業を行いました。
まず、生徒たちは平等について考えることを通して、「いのちとは何か」や、人類が歩んできた歴史に思いを寄せました。
さらに、身近ないじめのニュース、差別や格差の問題などを取り上げ、「これは自分自身の問題でもある」という視点から改めて平等を見つめ直しました。
この授業を通して、社会の中での自分と他者との関わりに目を向け、偏った情報に流されず自分で判断しながら、これからの時代を生きていく力を育んでほしいと願っています。
今日、世界が「平等」という理想を掲げることができるようになった背景には、歴史の中で多くの人々が苦しみ、争い、命を落としてきた現実があります。この歴史に目を向けることは、平和をつくる未来への第一歩でもあります。
生徒一人ひとりが、過去の歴史から学びを受け取り、勇気をもってこれからの時代を歩んでいってくれることを期待しています。
誰であろうと皆等しく無限大の可能性を持っていて、命の価値も皆等しく同じであり尊いものだと思う。他人の評価などで命の価値や仏性は決まるものではない、と思います。仏性はとても素晴らしいことだと思いました。なぜなら仏性は皆同じ無限の可能性を等しく持っているという希望を与えてくれる事がとてもすごいと思いました。私はこれらの事をこれから先の事などに生かしていき、平等について結論はまだ難しいですが、常日頃考えていつか納得できる結論を導き出したいです。

代表の生徒が発表しました
久々にこのブログの担当が回ってきました。
毎回のことですが、いざ書こうとすると「さて、何を書こうか……」と、しばし手が止まります。
昨日、第二学期が終了し、本日から冬休みに入りました。
駒沢学園では、毎年12月に1週間にわたって摂心会(早朝坐禅会)が行われます。
生徒・教員はもちろん、保護者や卒業生も参加できる行事です。
その摂心会の4日目のことでした。
中学・高校と同じ部活動で一緒に汗を流していた同級生と、思いがけず再会しました。
なんと彼女は、在学中の6年間、毎年摂心会に参加していました。
(6カ年皆勤です。すごい。私ももちろん皆勤を狙っていましたが、1日だけ行けず……。)
まさかここで会えるとは思っておらず、卒業から10年が経った今も、こうして母校を大切にし続けてくれていることをとても嬉しく感じました。
摂心会の後には、短い時間ではありましたが、6年間お世話になった先生方、そして現在一緒に働いている先生方ともお話しすることができました。
「あの頃は本当に大変だったのよ」という懐かしい話を聞いたり、進路に悩んでいた当時、温かく声をかけていただいたことを思い出したりと、あんなこともこんなことも次々に話題に上がり、気づけば時間が足りないほどでした。
こうした再会を通して、人とのつながりや、積み重ねてきた時間の大切さをあらためて感じる朝となりました。
この出来事は、2025年の「嬉しかったことベスト3」に、こっそりランクインしそうです。
さて、みなさんにとってはどのような一年だったでしょうか。気づけば、今年も残りわずかとなりました。
今年も一年、本当にお疲れさまでした。
どうぞ良いお年をお迎えください。

切磋琢磨した同級生たち
英語科 H.H.
3年生引退イベント その2

★「肩が痛い~~」、「そんなに動けない~~」★ あいにくの雨が止んできた11時過ぎ、グラウンドにて両チームともウォーミングアップが始まりました。気合の入る1・2年生、気合は入るもののどこかうめき声が聞こえる3年生チーム。写真を撮ろうと3年生チームに近づくと、「肩が痛い~~」、「そんなに動けない~~」と若者らしからぬ様子でキャッチボールをするのがやっとな選手も多かったです。

キャッチボールを終え、シートノックまでの時間に3年生の保護者が準備してくださった軽食と温かい飲み物をいただきました。 シートノックが始まると、そんなに動けないと言っていた3年生の動きが一変。機敏になり動きが現役時に戻ってきていました。さすが高校生、若者らしからぬことを言っていても、野球になるとスイッチが入り真剣な表情も見ることができました。




シートノックが始まると、そんなに動けないと言っていた3年生の動きが一変。機敏になり動きが現役時に戻ってきていました。さすが高校生、若者らしからぬことを言っていても、野球になるとスイッチが入り真剣な表情も見ることができました。

★盛り上がる3年生チーム、悔しい表情の1・2年生チーム★ 両チーム整列し、久しぶりのグラウンドでの再会に恥ずかしがる部員たち。全員で握手をし、試合が始まりました。 3年生チームは1回表、試合開始と同時に声で圧をかけます。その圧に押され、先頭バッターがセンター前に放つと、その打球を後逸し、0アウト3塁のピンチ。次の打者もセンター前にはじき返し1点先制。そしてその後もヒットが続き合計4得点で、完全に勢いで圧倒しました。1回裏、1・2年生チームの攻撃は、四球やエラーで出塁し、3得点。3年生チームは失点を許したもののまだまだ勢いが衰えませんでした。両チーム追加点が奪えない展開で進みますが、以前、3年生チームが優位。しかし4回裏、ついにその均衡が破られ、1・2年生チームがパスボールで1点を奪い、同点としました。 そして迎えた5回の最終回、3年生チームは無得点に終わり、1・2年生チームは負けがなくなる展開に。5回裏、先頭打者が打ち取られ、その次の打者が三遊間にヒット性の打球を放ちますが、間一髪アウト。3年生の守備が光りました。このまま終わるかと思ったその時、レフトに大飛球が放たれ、フェンス際までボールが飛びます。いつもは無いフェンスがあり気になったのか、レフトが落球してしまいます。その隙をついてバッターランナーが2塁に進みました。1打サヨナラのチャンスで、1・2年生チームは4番打者に回ってきました。強振した打球は、セーフティバントみたいな打球になり、3塁線のライン際に止まりそうなところを3年生投手が無理やり手でファールにしようとしたプレーを主審が見逃さずフェアと宣告しました。その隙を見た2塁走者が一気に回ってきてホームイン!!1・2年生チームがサヨナラ勝ちで、なんとも面白い展開で引退試合が終了しました。






試合後、高校2年生から引退する3年生に感謝の気持ちとして、お菓子が贈られました。








そして3年生とその保護者から、顧問にも花束をいただきました。



2年半という短くも長い高校野球を続けてきた3年生に対して、敬意を表します。いろいろやりたいことや面白そうなことが溢れているこの時代に、高校野球を、よく選択し我慢強く続けてくれました。一生懸命・本気で取り組んだことは一生の財産になると思います。この経験を今後の人生に生かしてもらいたいと強く願います。

私立学校研究家 本間勇人さんのブログ「ホンマノオト21」に、本校が紹介されました。
ぜひ、ご覧ください。

高校3年生の仏教の授業では「宗教」について学んでいます。今回は、宗教の授業を通して私自身考えたことを記します。
ユダヤ教には、モーセが神から授かった十戒があり、その中に「盗んではならない」という戒めがあります。
仏教にも、仏教徒が守るべき五戒があり、その中に不偸盗戒 ふちゅうとうかい (盗んではいけない)という戒めがあります。
では、なぜ「盗んではいけない」のでしょうか。なぜ2500年も前から、どの宗教も共通してこの戒めを語り続けてきたのでしょうか。
盗むと、確かに目の前の欲しいものは手に入ります。しかし、その代わりに人は大切なものを失ってしまいます。自分の心がすさみ、むなしい気持ちが残るのです。
盗まれた人を傷つけるだけでなく、実は自分自身の誇りや誠実さを手放してしまっているからです。「欲しいものを手に入れたはずなのに、心は満たされない」――宗教が「盗むな」と教えてきた背景には、そんな深い人間理解があります。
ここで、仏教の修行者の生活を少し見てみましょう。出家者が持つことを許されるのは「三衣一鉢(さんねいっぱつ)」と呼ばれる三種類の衣と一つの鉢だけです。
持ち物が多いと心が落ち着かず、守ることにとらわれ、欲望が広がっていくからです。
人間の欲望には限りがありません。だからこそ、最小限の持ち物で暮らし、心と向き合う修行が大切にされてきました。もう一つ大切なことは、修行者といえども人間は社会の中で生きているという点です。
修行は一人ではなく、共同体の中で営まれます。もし共同体の中で「盗む」という行為が起これば、安心して生活できず、集団が成り立たなくなってしまいます。戒めが必要なのはそのためです。
多くの宗教は「盗むのではなく、与えること」を大切に教えています。与えれば、自分の手元のものは減ります。しかし不思議なことに、心は豊かになり、幸福感に満たされていきます。
差し出した時に相手から「ありがとう」と言われると、心が温かくなります。だからこそ、古くから「盗むな、与えよ」という教えが伝えられてきたのでしょう。
私たちの日常でも同じことが言えます。席を譲る、困っている人に手を差し伸べる――そんなささやかな「与える」「手放す」行為をしてみると、手放したはずなのに、むしろ心が満たされ、安らぎが生まれることに気づきます。そしてそれは、自分も他者も幸せにする生き方につながっていきます。
「奪わない」「与える」という視点から宗教を見ると、単なる決まりではなく、人間の心の働きを深く見つめた教えであることが分かります。
宗教の歴史を学ぶことは精神の歴史を学ぶことであり、自己理解にもつながっていきます。生徒にもその面白さを発見してもらいたいです。
奪うことで人はどんな心になるかを知り、手放すことで、実はもともと幸福に満たされているという「こころの平和・平安」に気づきます。――そのことを、ぜひ日常の中で感じてみてください。

手放したその先に、無限の世界が広がります。
仏教科 T.N.
国語科では、毎年中学2年生が「水の作文」に取り組んでいます。普段何気なく使っている水について、生徒一人ひとりが、それぞれの視点で執筆しています。
今年度は、その中から1名の生徒が水道局長賞、その他3名が佳作を受賞しました。水道局長賞は全応募総数の中から、上位10点程度が選出され、東京都庁で表彰状授与式がおこなわれます。
見事局長賞を受賞された中学2年生の生徒は、稲城に生息するホタルに焦点を当て、“水は人間だけのものではなく、すべての生き物の命の源である”という思いを作文に込めました。本校では、仏教の精神に基づいた「すべての生き物への慈しみの心」を大切にしています。最近では、各地で熊による被害がニュースで取り上げられていますが、この土地は私たち人間だけのものではありません。人間が快適に過ごせる生活を追求した結果、多くの動植物たちの命や生活をないがしろにしてきたという事実にも目を向けなければなりません。今後も授業を通して、水の大切さや自然の尊さについて、生徒のみなさんと考えていきたいと思います。
受賞作品は東京都水道歴史館(1/9〜25)や東京都水の科学館(2/4〜20)、奥多摩水と緑のふれあい館(3/3~17)などで順次展示されます。また、東京都水道局のHPでも作品をご覧いただくことができます。

受賞式の様子①

受賞式の様子②

水道局長賞を受賞しました!

水滴くんと水玉ちゃんと一緒に
3年生引退イベント その1

◇ドッヂボール編◇

★選手同士で白熱★ 3年生の希望からドッヂボールから始まりました。午前9時ごろから始まり、11時ごろまで体育館にてみっちりドッヂボールをしました。普段はクラス対抗やクラス内でドッヂボールをするので物足りなかったのか、ビュンビュンとボールが体育館に飛び交いました。剛速球をキャッチする1年生マネージャー。3年生に立ち向かってボールを投げ込む1年生と2年生。反撃する3年生。


★保護者も参戦★ これも3年生の希望で、急遽、保護者もドッヂボールに参戦しました。年末にケガをすると大変なので、入念にウォーミングアップした後、3年生チームに1・2年生の保護者、1・2年生チームに3年生の保護者が入り、総勢約50名の大ドッヂボール大会が始まりました。ちなみに監督の芦田も1・2年生チームに加入しました。これまでの指導の恩返しなのか何なのかわかりませんが、3年生チームの誰かがボールを持つと芦田を探し出し狙ってきました。また、娘(3年生選手)とその対戦相手である保護者のマッチアップ。保護者があてられると「晩飯抜きー」と。娘の投げるボールをキャッチして「まだまだだな!!」と。なにかストレスを発散する娘とその保護者の光景がそこらじゅうで見ることができました。 そんなこんなで、保護者参戦の大ドッヂボール大会は30分ほどの長期戦でした。





















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