お題:「余白」ということ

先日、硯を制作する製硯師(せいけんし)のお話を伺い、実際に硯を手に取って愛でる会に参加した。日々、スマホの軽さや薄さに慣れている手に、磨かれた自然石の重さと肌触りは思いがけない心地よさをもたらした。

山から抜かれた石の姿を生かすため、「海」と呼ばれる窪みを含め、加工は最小限にとどめるという。製硯師はその姿勢を「石の前に立たない」と表現した。平安時代の造園書『作庭記』(著者・成立年不詳)には「石は乞はんにしたがへ」とある。庭の石組みは、石自身が望む場所に据えよ、ということだ。同様のことを哲学者・和辻哲郎は『風土:人間学的考察』(1935)の中で「石の気を合わせる」と述べている。おそらく製硯師は石の気を読み、その声に耳を傾けながら硯を彫る。石の持つ個性を生かし、自然の姿を損なうことなく、新たな造形へと導く。日本の庭園が山水の「縮景」という造形性を強めていくように、あの小さな硯に悠久の山水の景色を感じるのはそのためだ。

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