念願の留学が実現しました。
ミレースクールへの留学は、世界で活躍するという、私の将来の夢への第一歩になると思い、胸がときめきました。
この留学は、一人で英人の家庭にホームステイをするので、本当に英語に囲まれた時間をもつことができます。ホームステイ中は、「一語でも多く話したり聞いたりしよう。」「英国のふつうの暮らしを満喫しよう。」「英人の友達を作ろう。」と心に決め、ミレースクールに向かいました。

ミレースクールの授業は、私にはとても新鮮でした。先生に自分の意見を言ったり、生徒同士での話し合いの時間が沢山設けられていました。英語の授業では、生徒達が、ミステリーやホラーの物語をそれぞれ作成し、自分が作成した物語の構成などを他の生徒達と説明し合っていました。

私が最も興味を持った授業は、ミュージカルの授業です。ミュージカルの授業では、「シカゴ」や「アニー」などの練習をしていました。生徒がいくつかのグループに分かれ、場面作りや演技、ダンス創作、歌の練習をし、演出と役者の勉強をします。先生もグループに沢山のアドバイスをして指導なさっていました。私達立教生は、その授業中、見学をしていましたが、私も参加したくてたまらなかったです。そして、そのミュージカルの授業にも試験があると聞いて、さすがミュージカルの本場の国だなと思いました。

日本語の授業では、立教生が、日本の学校の制度や規則、お菓子、文房具、漢数字、手遊び歌など、日本の文化についてプレゼンテーションをしました。日本に興味がわいて楽しめる内容になるようプレゼンテーションの仕方を考え、ミレースクールの生徒達と漢数字や日本語を使った会話を一緒に練習しました。ミレースクールの生徒達はキラキラした顔で話を聞いてくれましたし、文房具を紹介した時にはとても盛り上がりました。私は嬉しかったですし、プレゼンテーションにも自信がつきました。特に電子辞書は、初めて見たという人が多く、日本のハイテク機器が誇らしかったです。
日本語での会話を練習する時間には、英国の映画やドラマのこと、家族のことなど、簡単な日本語ですが笑顔で積極的に話してくれて、通じ合うことができました。

ホームステイ先の家族は、私を温かく迎えてくれて、ジョーク混じりの楽しい会話が途切れることがありませんでした。休日や放課後には、バディとダンスを習いに行ったり、友達の家に招待してもらったりと、ミレースクール以外の外国人の方とも触れ合うことができました。
一週間の留学を通して、言語や文化の異なる人間同士が理解しあうことの素晴らしさ、大切さを改めて感じました。これからも英語力を上達させて、もっと深く分かり合いたいです。この幸せで貴重な留学を支えてくださった方々に感謝の気持ちでいっぱいになりました。ありがとうございました。

(高等部1年生 女子)

私はこの春休みの一週間、交換留学プログラムに参加しました。
一月に、自分のバディが立教に来て初めて会い、茶道や剣道、様々な日本文化に触れ、多くのことを経験してもらいました。もちろん、その一週間は私達にとっても初めての経験が多く、濃いものとなりました。
あれから約二ヶ月、イギリスも少し暖かくなり、春の兆しが感じられる三月。卒業式も終わり、皆の春休みが始まりました。そんな中、私達は早速バスに乗り、ホームステイ中にバディと通うミレースクールに向かいました。正直、私の心の中は緊張や不安でいっぱいでした。初めて通う現地の学校、一人だけでステイするホームステイ。今回は、なんとしても自分一人の力で生きていかなければなりませんでした。

ミレースクールに着くと、そこにはバディが迎えに来てくれました。約二ヶ月ぶりに会うバディ達の顔を見ると、このプログラムに参加した立教生達は少し緊張が和らぐようでした。
そこで立教生達とはお別れし、バディの家へ向かいました。その子はとても明るい性格の持ち主で、私に沢山話しかけてくれたし、今、彼女が学校で勉強している日本語も一生懸命に話そうとしてくれました。彼女が日本語を練習している姿を見ていると、改めて日本語の難しさを感じました。

土曜日からこのプログラムは始まったのですが、週末はあっという間に過ぎてしまい、月曜日が来てしまいました。いよいよミレースクールに登校です。学校までは車で送ってもらいました。
約十五分、そこには緑のチェック柄のスカートをはいている女の子達が沢山いました。ミレースクールは、約千五百人もの生徒がいる女子高です。私は校内の人の多さに衝撃を受けました。学校で久しぶりに会う立教生達。数日間しか離れていなかったのに、日本語が懐かしく感じられました。
そしてバディと一緒に受ける授業。どこの教室にも電子ホワイトボードがあり、それは先生のパソコンとつながっていて、授業の資料、ノートが全て映し出され、それと共に授業が進められていきました。ミレースクールの入り口の自動ドアですら感動していた私達にとって、電子ホワイトボードで普通に授業がすすめられていく光景は、現代的で憧れました。英語での授業は、理解するのが大変でしたが、いつもバディが助けてくれたので良かったです。
私がミレースクールの授業で思ったことは、私達の学校は、生徒が自分の考えなどを授業で多く発言したりするのではなく、先生の話しに耳を傾けることを意識します。しかし、それと比べてミレースクールは、先生が少し話したことについて生徒が積極的に発言し、先生が生徒をどんどん巻き込むようにして進んでいくということです。私はそのミレースクールの生徒の積極的なところを見習わなくてはと思いました。
ミレースクールの授業には、ウクレレやズンバなど普通ではあまり体験できないような内容もあり、とても楽しむことができました。

巨大な学校に一週間通い、そこには授業以外でも自動ドアなどの設備の違いであったり、食堂の広さであったり、様々な違いがあり憧れるところもありましたが、千五百人もいるミレースクールの生徒達には難しい、私達立教生は周りの友達、先輩や後輩、先生方を第二の家族として、近い関係でいられるということが改めて良いことだと思いました。
この交換留学プログラムに参加して、もちろん辛いこともありましたが、イギリスについて知ることができ、改めて日本の良さを知ることもできました。この経験により、少し自信がついたので、さらに英語にも力をいれて勉強していきたいと思います。

(高等部1年生 女子)

▪️2015年 日本での学校説明会・進学フェア

イギリスから担当教員が参ります。会場内に本校ブースを設け、個別相談に対応します。詳細は各ホームページでご確認ください。

3月29日(日)
10:00 – 16:00
中学高校進学相談会「よみうりGENKIフェスタ2015」 :
東京国際フォーラム 展示ホール1・2 (東京都千代田区丸の内3-5-1)
5月31日(日)
10:00 – 16:00
ベネッセ進学フェア : 東京国際フォーラム B2F 展示ホール1・2
(東京都千代田区丸の内3-5-1)
6月6日(土)・6月7日(日)
13:00 – 18:00
埼玉東部進学フェア : 草加アコスホール
7月18日(土)・19日(日)
10:00 – 17:00
彩の国進学フェア:さいたまスーパーアリーナ
7月25日(土)
10:00 – 16:00
JOBA学校フェア:ベルサール六本木
8月1日(土)・8月2日(日)
11:00 – 16:00
首都圏進学フェア千葉:幕張メッセ
7月20日(月・祝)
10:00 – 16:00
毎日新聞 進学博:大阪南 難波 御堂筋ホール
7月26日(日)
10:00 – 16:00
毎日新聞 進学博:大阪北 梅田 ヒルトンプラザ
8月8日(土)
10:00 – 16:00
毎日新聞 進学博:神戸 芦屋 ラポルテ

▪️2015年 海外での学校説明会

当該校の生徒・保護者以外で参加をご希望の方はイギリス本校までお問い合わせ下さい。

6月3日(水) ロンドン日本人学校
6月22日(月) ミュンヘン日本人学校校
6月26日(金) パリ日本人学校

▪️2015年 海外子女教育振興財団主催 学校説明会・相談会

財団のホームページからの事前予約が必要です。イギリスから担当教員が参ります。会場内に本校ブースを設け、個別相談に対応します。詳細はこちらをご覧下さい

7月21日(火)
13:00 – 15:30
名古屋会場(ウインクあいち)
7月25日(土)
13:00 – 15:30
大阪会場(毎日新聞ビル〈大阪市北区〉)
7月31日(土)
13:00 – 16:00
東京会場(産業貿易センター)

▪️2015年 立教英国学院学校説明会

予約は不要です。イギリスから担当教員が参ります。スライド・ビデオによる説明があります。説明会の後、個別相談も受け付けます。

2013年8月に立教大学で開かれた本校学校説明会の様子はこちらからムービーでご覧いただけます。

8月21日(金)
14:00 – 15:45
大阪(梅田センタービル)
8月22日(土)
14:00 – 16:00
名古屋
8月23日(日)
14:00 – 16:00
東京(立教大学太刀川記念館多目的ホール)
10月24日(土)
10:00 – 12:00
名古屋
10月24日(土)
15:00 – 17:00
大阪(梅田センタービル)
10月25日(日)
14:00 – 16:00
東京(立教大学太刀川記念館多目的ホール)
12月12日(土)
14:00 – 16:00
東京(立教大学)

3月7日、立教で卒業式を終え一年間を共にした先輩や、友達、後輩へ別れを告げ、見送った。見慣れた顔がだんだんと減っていく悲しさと、これから始まるミレーでの生活の不安が重なり、私は柄にもなく沈んでいた。久しぶりにバディーに会えるのは嬉しかったが、英人の家に一人でホームステイ、ホームステイをしながら現地の女子校に通うことを考えると自分の英語でついていけるのか心配で仕方なかった。けれど、前回ミレーに参加した先輩から由望ちゃんらしく行けば大丈夫だよ。と声を掛けてもらい、さっきまでの弱気な自分は私らしくないと思い、深呼吸してミレーへ向かうミニバスへ乗り込んだ。

私のバディー、エミリーの家族はとても優しかった。特にエミリーのお父さんがとても親日家ということもあり、パソコンの壁紙が富士山だったり、朝は「おはようございます」とあいさつしてくれたり、日本が愛されているということが伝わってきた。お父さんを筆頭に、夕食での会話では日本の文化に興味があるようで、日本の主な宗教はなに?とか、日本にもミドルネームはあるの?など、日本の事について話すことが多かった。そして私は文法を気にしながら話していたが、会話のスピードが速いので文法を考えながらだと会話に置いてかれてしまう。なので、あまり気にせずに会話に参加するようになったら、ポンポンと会話が続きとても楽しかった。そこで私は英語でのコミュニケーションのコツが分かった気がした。

ミレーでの生活はとてもハードで毎日衝撃を受けていた。しかし、今まで以上に沢山のことを体験し、吸収し、成長できたと思う。立教での毎日も濃かったが、ミレーも一日一日にまた違う濃さがあった。ミレーの子が立教に来た時、ミレーと立教は全然違う。と話していたが、本当にその通りだった。正確に言うと、日本の学校とイギリスの学校の違いなのではないか、と思う。その中でも印象的だったのは、授業のスタイルだ。日本では先生が黒板に教科書の内容について解説し、生徒がノートに書く。というのが大抵だが、ミレーで私が参加した授業はどれも電子黒板を使いながら進め、先生が生徒に疑問を投げかけると、すかさず沢山の意見がバンバン出てくる。一方的に教えるのではなく、クラスを巻き込みながら授業をしていた。私はそんなスタイルに、憧れをもった。

この一週間は長いようでとても短かった。辛いこともあったが、何より立教の高1の先輩方と仲良くなれたのが本当に嬉しいことだった。もっと前からお話ししたかったと思う先輩ばかりで、そんな先輩と最後の最後に仲良くなれて改めてミレーに参加して良かったと思った。ミレーに一週間通い、バディーとは違う学年の子と授業を受けた後、写真を撮ったり、SNSを交換したりなど一時間の授業で仲良くなったミレー生との交流もできた。このような繋がりをこれからも大切にしていきたいと思う。

最後に、この交換留学プログラムで私は立教で学んだことを精一杯出し切れたと思う。さらに、これから日本で生活し、英語を学ぶ上での自信にもつながった。ミレーで学んだことを忘れずに高校生活に臨みたい。

(中学部3年生 女子)

今回の交換留学で私は普通に生活していたら得られないものを得た。
ミレーの子たちが立教から去ってから色々な行事があった。それらが終わるとすぐに私たちがミレーに行く番だ。
ミレーにつくと私のバディーはすぐ来てくれた。立教で仲良くなったとはいえ、これから家では一人だと思うと緊張した。立教の友達と別れを告げて家に向かった。家に着くとファミリーが迎えてくれてとても嬉しかったのを覚えている。トランクから荷物を出して整理した後は立教生とそのバディーの子達と映画を観に出かけた。その映画は日本でもやっていて観たかった映画だったので嬉しかった。家での生活はとても快適だった。ファミリーがとっても優しくて、気をかけてくれたのでホームシックにならずに済んだ。夕食後は映画を見たり、お話したり、いろいろして過ごした。
ミレースクールでは、最初はミレースクールに着くと見慣れない顔ばっかりでとっても緊張した。だけど教室について立教生の顔を見たらホッとした。しかしみんなと離れたらまたあの緊張が襲ってきた。こんなでやっていけるかと心配になったが、その心配は無用であった。シャドウィング、家庭科、技術、ズンバ、いろいろな授業を受けたがミレーの人たちはみんな優しくて楽しい時間を過ごせた。一週間はあっという間に過ぎた。
そして別れの日、ミレーの子たちやファミリーと過ごした時間を思い出して、私は涙が止まらなかった。泣いてる私にバディーが「また会えるよ!」と言ってくれたのは絶対に忘れない。
私はこの交換留学で自分の英語の改善点がわかったし、なにより地元の人の温もりを感じられた。このプログラムに参加して本当に良かったと思う。この交換留学で学んだことをしっかりと日々の生活に生かして立教生活を送っていきたい。

(高等部1年生 女子)

卒業式の後、交換留学先のトーマス ハーディ スクールまでミニバスで約3時間の距離を送ってもらった。昨年の11月に5人の生徒が日本の学校生活や文化を学びにやって来たが、今回は僕たちが現地校の学校生活や文化を勉強させてもらう目的のために交換留学生として行った。僕は現地校で彼らの授業に参加し、自分の英語力を試したかった。正直に言えば、英語だけの授業や交換留学生としてのプレッシャーでとても緊張していた。

しかしバディに再会した時、彼とご両親が暖かく迎えてくれたので嬉しくてほっとした。バディとは音楽の趣味が合って、彼の家に着くまでの間、車の中で2人で歌いまくっていた。彼らと一緒にステイ期間中も楽しく過ごせると予感できた。僕たちは毎晩テレビドラマを観たり沢山の事を本音で話し合った。もちろんバディとの友情が深まった。ホストファミリーはとても親切に僕をサポートしてくれた。彼のお母さんは毎朝お弁当を作って持たせてくれ、学校まで車で送ってくれた。おかげでステイ中は実家に居るようにリラックスする事ができた。ステイ最後の夕飯はお礼の気持ちを込めて、お寿司を作り家族で楽しく食べた。お父さんは「美味しいよ。」と言ってくれた割にほとんど箸が進んでいなかったが、僕が一生懸命作った気持ちを解ってもらえていると感じた。日本とイギリスには食文化の違いがあることがよく分かった。次回はお父さんにも沢山食べてもらえる日本食を作ってあげたいと思った。バディとの手作り寿司夕食は今回のステイ中の忘れられない思い出になった。

学校では沢山の事を学んだ。僕はバディと一緒にドイツ語や数学、放課後の日本語クラブに参加した。特にドイツ語が面白かった。とにかく会話が全く解らなかった。僕は数の数え方に挑戦した。バディに数え方と挨拶の言葉を習い、暗記した。やっと1,000まで覚えることができた。ドイツ語は発音が英語やフランス語と違っていて面白かった。ヨーロッパの国々は国境を接しているような近隣国同士だが、それぞれの言語が全く違うというのは興味深く、印象深いものだった。体育の授業ではホッケーを経験した。年下の生徒たちと一緒にプレーしたが、とても上手い生徒もいた。僕もワンゴール決められたのですごく楽しかった。

僕は日本と英国の学校生活の違うところをいくつか見つけた。この学校では、授業中に先生と生徒の間の会話がとても多い。ほとんどの生徒は授業中に気が付いたことを確認することができ、満足のいく理解を得るためにはとてもいいやり方だと思った。また、生徒たちには授業の無い時間に自習したり遊んだりできるフリータイムがある。日本の学校では普通、学校の時間帯に自由時間はほとんど無いので、いつも忙しい。僕はバディと一緒にフリータイムには話したり、スナックタイムを楽しんだ。そのお陰で気持ちにも余裕ができたと思う。

水曜日にはドーチェスターへ市長さんに会うために行った。僕たちは市庁舎で歓迎された。ミーティングルームでは18世紀に使われていた伝統的な衣装を身に付けさせてもらった。市長用を着た友人は市長になりきっていて面白かった。とても貴重な体験をさせてもらったと思う。僕は市長さんに政策について質問した。市長さんは若者の人口を増やすため、若者がこの街で生活するための仕事がもっと必要であると説明してくれた。僕はこの政策は良いと思った。しかし、市長の任期はたった1年しかないので、政策を実行するには全く時間が足りない。僕は市長の任期を延長して政策を実行して欲しいと思った。僕は彼を市長として尊敬できると思った。

最後の日、僕はクラスメートが英国文化について説明してくれるという授業を受けた。そこで僕は質疑応答の機会を得た。説明を理解して、質問することはかなり大変だったけれど、僕にとっては英会話実戦のまたとない場となった。自分の英語力を試す良い機会が得られて嬉しかった。この経験で僕の英語力も少しは上がったと思うけれど、まだまだ未熟であることを思い知った。この機会にトーマスハーディ校の先生や生徒たちから学んだことを忘れないで、皆さんに深く感謝し、もっと頑張って英語力を伸ばしたい。

最後にバディとジムでお世話になった友人と一緒に写真を撮った。彼らはいろんな時に親切に助けてくれて、すっかり仲良くなれた。また会えるだろうか?僕はメールやフェイスブックで連絡を取り続けたいと思っている。僕にとっては、彼らとの友情も今回の交換留学の重要な成果である。

最後にこの機会を作ってくださった先生方にお礼を申し上げます。特に僕に交換留学のスケジュールを立ててくれた月見先生、トーマスハーディ校に付き添って指導してくださった市川先生、立教とトーマスハーディ校の長い道のりを送ってくれた高橋先生には大変お世話になりました。

(高等部1年生 男子)

私は今回ミレースクールとの交換留学に参加しました。1人でホームステイをし、現地校に通う。やる前は本当に不安でした。3学期、私たちの学校にバティーがやってきた時は、いつも立教の生徒が一緒で困ったときは友達や先生を頼ることができました。しかし、今回は1人で英語だけで過ごす時間が多そうで本当に心配でした。私の英語力で通じるだろうか……バディーの家族に失礼なことをしないだろうか……。1人でのホームステイに学期中から悩んでいました。しかし、先生方や 両親の応援もあり、挑戦してみよう、やってみようという気持ちになりホームステイを迎えました。

約一ヶ月ぶりに会ったバディーは変わらず私を迎えてくれて緊張と不安は少し和らぎました。お母様も本当に優しい方でとても安心しました。
次の日、バディーとお母様と一緒にギルフォードのアイススケート場のあるスポーツセンターに行き、その後に街でショッピングをしました。時々道に迷いとても疲れましたが、一気に距離を縮めることができた気がしました。

次の日からミレースクールへ通い、実際に授業を受ける5日間が始まりました。学校へはバスで通っていたバディーですが、実際通学してみると本当に大変でした。家から15分かけて歩いてバス停まで行き、そこからバスで30分。小学生以来の通学に私は興奮と同時に疲労を感じました。こんなにも通学は大変なのだと改めて思いました。ですが、バディーと一緒に通う道は話こそ少ないものの楽しく、かけがいのないものでした。
ミレースクールに着くと、まず人の多さに圧倒されました。私は立教の全寮制の小規模な学校に慣れていたため、1500人ほどいる大きな学校は新鮮でした。休み時間は5分しかないのに移動距離は長く人が多いため、必ず人とぶつかっていました。
カンティーン(食堂)でブレイクとラン チタイムを過ごしましたがかなりの人で席をとるのも一苦労でした。けれど立教とは全く違った形式に私は胸が踊り、心から楽しむことができました。

今回の交換留学は私にとって挑戦でしかありませんでした。英語力の向上、バディーの子との仲の進展……そう思っていましたが、終わって思うことは一つだけです。やってよかった、やることが大事だった、ということです。やる前は不安で辞退することも考えていましたが、交換留学をしてみて、何かを学んだり結果を出すことだけでなく、この交換留学をしたこと、経験そのものが大切なのだと実感しました。私は高校2年生になり学校の中心になっていきます。そんなとき、この挑戦をした自分を誇りに思って頑張っていきたいと思います。

(高等部2年生 女子)

ピーチクパーチクと頼りない鳥の鳴き声を聞きながら、僕は少し早めの昼食を摂っていた。その日に食べたのは、確かうどんだった。近年日本で浸透しはじめた”年明けうどん”というものだ。これに関しては、日本独特のバレンタインデーと同じ類のものだと思っている。女性が想いを抱く男性や仲の良い友人などにチョコレートをプレゼントするという変わったバレンタインを、少なくとも僕は日本以外の国では知らない。つまりは、日本だけで行われている一種の商法だと僕は考える。

僕がその日、口にしていたのは、緑色のカップうどんで、スーパーなどでよく目にするものだ。日本にいたのなら、インスタント麺で所謂”年明けうどん”なる行事は済まさないだろう。(もっとも、この行事自体はあまり知名度のあるものではないが。要するに”年越しそば”をまねて作られたものである。)しかしながら、そう長く日本に留まることができない身としては、カップうどんでも十分にありがたみを感じられる。そうは言っても、僕自身はこの光景に、違和感を感ぜざるを得ない。英国の食卓で、手入れされたばかりの綺麗な庭を見ながらカップうどんを啜り、鳥の声を聞く。まるで間違い探しだ。多くの日本人の英国のイメージはこうではない。

知らず知らずのうちに、日本人は勝手に固定観念をでっち上げる。日本にいる僕の友人に、イタリアの落ち着いたバレンタインについて話をしたところ、友人は最初から話の終わりまで不思議そうな顔をしていた。それもそのはず。多くの人がバレンタインはチョコレートをプレゼントする日と答えるだろう。それが日本人にとってあたり前のことなのだから。このことを英国に住むネイティブの方に聞くと、なんで日本人はそんなことをしているんだ、と大真面目に問われ、返答にとても困った。

違う国の文化を知った時、多くの人は実感が湧かない。見ているものだけが世界、つまりはその人の当たり前になるからだ。英国にはコンビニがない。僕自身も日本にいた時は信じられなかった。想像力が足りないよ、と言われてしまえばそうなのかもしれない。けれど、一度当たり前になってしまったことが間違いだとわかっても信じられないのだ。

もしも英国でカップうどんを啜ることなんてありえないと思う人がいるならば、想像力が足りないよ、などと言ってしまうかもしれない。それが当たり前に思えても、そうじゃなくたって世界は成り立つ。要はなんでもありなのだ。そのことを知るためには、一度自らの当たり前が通じない場所に身を置いてみることが必要なのかもしれない。想像力を縛っているものは間違いなく、”当たり前”だから。

いつだったか、頼りない鳥の声が僕に「想像力が足りないよ」と言っていた気がしたことがある。その鳥は何一つ、行く手を阻むものがないイギリスの広い空へとはばたいて、そしてどこか知らない遠くへ飛んでいった。

(高等部2年生 男子)

私は春休みの初めの一週目にミレーの交換留学に参加した。約1ヶ月ぶりにバディーのエロイスに会ったが相変わらずの美人さんだった。 エロイスの家についたその日は一緒にDVDを見終えたあと、シャワーを浴びたら疲れていたのかすぐに眠ってしまった。

つぎの日は、日曜日で休日だった。私達は海に散歩にいった。散歩で体が冷えた後カフェで飲んだココアは格別に美味しかった。心の底からあたたまった感じがした。その夜、エロイスの一家、いとこ一家、おばあちゃん、おじいちゃんが勢ぞろいして私を出迎えてくれた。いつも聞いている日本語の会話から一転し、英語しか聞こえない。最初は不安しかなかったが、徐々に慣れていきみんなが私に日本に関しての質問を聞いてきた。飛び交うように質問をされ、すこし困惑したが、だれの手も借りずに一人で英語を使って英国人相手に話せてる!という達成感はやはりすごかった。その夜は体力的にも精神的にも疲れたのかすぐ眠りについた。

ミレースクールは日本の学校と変わらず月曜日から学校がある。ミレースクールとはどのような学校なのかワクワクしながら学校にむかった。着いて校舎を見たら、なんだこれ?!と思うほど最新の建物であった。まず校舎への入口は自動ドア、さらに食堂での買い物、コピー機の使用などはすべて指紋認証で行われていた。
私たちがミレースクールで主にやったことは、現地の子に日本語を教えることだ。私はイギリスに住んでいる小さい女の子達が必死に日本語を学んでいる姿をみて驚いた。年齢が大きくなるにつれ、日本語での会話が出来るようになっていった。私はその子たちと日本語でコミュニケーションをとった。さらにその日本語がわからないときは英語でその日本語の意味を伝えたりした。私は日本語、英語どちらも器用に使いこなし頭がパンクしそうだった。さらに英国の子達は、私に日本語を話すときカタコトの日本語なので自分もつられてついついカタコトの日本語で返してしまったという思い出もある。

日本語を教えることのつぎにミレースクールでやったことはシャドウィングだ。シャドウィングとは、バディーの子の授業についていき、いつもどのような授業を受けているのか体験するというものだ。私の場合、シャドウィングは主に数学や科学などが多かった。私のバディーの子は年下で、授業は以前に学校で習ったことのある範囲だったので理解できたが解説の仕方などが日本とは違い驚いた。

今回ミレースクールの授業を受けて日本とイギリスでの授業の様子ではいくつも違う点があったので紹介しようと思う。
一つ目、日本では大半の授業が自分のクラスであり、先生が自分のクラスに来るという仕組みだが、イギリスの学校では生徒達が先生のいる教室に移動するという仕組みだった。そのため休み時間の廊下は移動する生徒で溢れかえっていた。
二つ目、授業中、生徒たちが積極的に発言するということだ。わからないことがあった場合手をあげてその都度質問していた。さらに先生が質問した場合、ちゃんとみんなが答えていた。日本では答えがわかっていても、答えるのが恥ずかしくて答えないひとなどもいるだろう。それと違ってイギリスの学校の生徒たちは自ら積極的に答え、自ら授業に参加するという感じだった。
三つ目は、どうでもよいことかもしれないが、イギリスの学校の生徒は普段ノートを書くときシャーペンなどを使わないことだ。大半の生徒が黒のボールペン、または青のボールペンを使って書いている。さらに1人につき必ず一本マーカーを持っていて、教室に入るときに小さいボードがもらえる。それにパワーポイントで出された問題の答えなどを書いて合図と同時にみんなに見せていた。
やはり日本とイギリスの学校で違うこと、それは授業に取り組む姿勢だと思う。日本人の一部では授業中に寝てしまう人などがいるが、イギリスの学校では一切そういうことがないと聞いた。

ミレーの交換留学、疲れたし辛いこともあったがその分充実していた。英語力も上がり、普段では学ぶことのできないたくさんのことが学べた。自分が掲げている「何事も全力で楽しむ」というモットーも達成できただろう。バディーのエロイス、ミレーの交換留学を一緒にした仲間、ミレーの交換留学のプランを考えてくれた先生方、たくさんの支えてくれた人達に感謝しようと思う。

(高等部1年生 女子)

「こんにちは」
あどけない発音の日本語で、私たちに話しかけてくれるミレーの生徒はたくさんいた。バディーではなくても、学年が離れていても、人種が異なっていても、笑顔で話しかけてくれた。ミレーを訪れ、私はたくさんの思い出を作った。
中でも私にとって一番印象に残っているのは、ボクシングの授業の時だ。私たちはバディーがいない学年と一緒に授業を受けた。私はボクシングを今までしたことがなかったので、ワクワクした気持ちで先生の話を聞いていた。その時私の隣に座っていた子が小声で
「こんにちは」
と日本語で話しかけてくれた。私は誰に言ったか分からなかったけれど、とりあえず
「こんにちは」
と日本語で返した。次に先生が
「日本人とミレーの生 徒でペアになりなさい」
と指示をした。それを聞いて、私の隣に座っていたミレーの子が
「一緒にやろ」
と私に言ってくれた。私はその子とペアになり、一緒にボクシングや縄跳びをした。授業が終わる際に体育の先生が
「みんなで写真を撮ろう」
と言った。みんななんとなく日本人は後ろ、ミレーの生徒は前、という感じに並んだ。さっき私とペアになった子は私の二列前に座っていた。けれどその子はふと後ろを振り返り、私を見て私の隣に来た。嬉しかった。写真撮影が終わり、私は
「じゃあね」
と言って更衣室に入った。その後私が着替えている時に、さっきの子が私のところに来て
「今度電話して。これ私の電話番号」
と言った。私は戸惑った。しかし同時に嬉しかった。私は今 まで日本人以外にこんなことを言われたことがなかった。そのことを父に言うと、
「今度は相手の子のようになれるといいね」
と言った。確かに私は言われて嬉しかった。だから今度は自分がそういう人になろうと思った。

バディーの子とは学校はもちろん、家でもほとんど一緒にいた。一緒にテレビを見たり、ゲームをしたり、お菓子を作った。テレビを見ている時、時々私の英語力ではよく分からない時があった。そんな時、私が質問する前に、バディーの子が
「今言っていること分かった?」
と気を遣ってくれた。そのため、私は家の中でも学校の中でも孤独感はなかった。私はこの子が私のバディーで良かったと思った。
ふと私はバディーにここまでのことをしてあげられたか心配にな った。けれどもバディーの家に行ってバディーの母親から聞いて嬉しかったことがある。それはバディーが立教に来た時の話だ。別れの時お互いに私たちは泣かなかった。しかし私のバディーは家に帰ってから泣いたらしい。私はそれを聞いて嬉しかった。たった一週間で相手に泣いてもらえるくらいの存在になったんだと思ったからである。そう思ったら安心した。

今回のことを通して、自分がされて嬉しいことを進んでできる人間になろうと決心した。けれど、すぐできるものでもないと思う。だから嬉しいことは倍返しするぐらいの気持ちでいく。私はこの交換留学に参加して思ってもみない程の貴重な体験と、思い出を心にしまって飛行機に乗った。

(高等部1年生 女子)

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