1月13日、3学期がスタートしました。今学期は高校3年生が帰寮しないので、
約120名の児童生徒だけでの学期となります。

在校生にとっての3学期は、1年間の総括の期間であると共に、1年上の学年に進むための準備の期間でもあります。尊敬する先輩たちのように、生活や勉強に努力することはもちろん、今まで先輩たちがしてくれていた「学校を支える」という責任を自分たちで果たすということも大切です。さっそく高校2年生から新たに、アコライト、聖歌指導、テーブルマスターが任命されました。どれも重要な仕事ですが、任命の際、元気よく「はい」と返事をしてくれたのがとても印象的で、頼もしく感じました。1年間、しっかり責任を全うしてほしいと思います。

式辞では、校長先生から今年が改元の年であるということに関するお話がありました。2019年は私たち日本人にとって節目の年です。児童生徒たちが、本校だけでなく、広く世界に貢献し、次の時代を平和で素晴らしいものにしてくれる、そんな存在になって欲しいと思います。

まずは、この3学期を通して、友人たちとの関係がより強固なものとなり、また勉強や学校生活でさらなる成長がみられることに期待しています。

卒業してから約40年ぶりに学院を訪れることができました。

当時の雰囲気を残して変わらぬ学院の姿を確認することができてとても嬉しく思うとともに、

ここで学び遊ぶことができたことは、自分の人生にとりとても貴重な経験になっていることに気づかされました。

高橋先生には滞在中お忙しい中、ご案内をいただき誠にありがとうございました。

これからも立教英国学院とその在校生、卒業生の皆様がますますご繁栄されることを祈念しています。

長かったここ立教英国での生活に終止符が打たれるときが、気付けばもうあと2日と迫っていた。5年前、父の転勤の付き添いでイギリスに行くことが決まった時、4年ってどれくらい長いのかと思い計算した、約1500日後のゴールももう目の前まで来ている。
初めてここに来た時、先輩と後輩に壁がなかったことに何よりも驚いた。右も左もわからない中3の私に、赤ネクタイをつけた高3の先輩が1から必要なこと、ここでの生活の極意など、たくさんのことを教えてくれた。日本の学校にいた時は考えられないことだったし、私もこんな素敵な先輩になりたいと来てすぐに思った。
立教英国は、全校生徒が少ない分、みんな顔と名前が一致しているし、何かと接点はあるので話しやすく盛り上がりやすい反面、その環境が逆に辛いと思うこともあった。でも、それを乗り越えて今がある。ここまで来れたのは離れて暮らす家族や先生方はもちろんだが、何よりも友人のおかげだったと思う。友人関係で、進路で思い悩んだ時、思い返せばいつも私の隣には友人がいた。たくさんの人に支えられて今があることに、あの時は恥ずかしくて言葉にできなかったけど、感謝している。そして、今度はその恩返しをする時が来た。私のことを応援してくれたみんなを今度は私が応援する番だ。
長いようであっという間だった4年間、今日は最後の木曜日だし、最後のアップルクランブル。チャプレンが何事も終わりがあって、でもその終わりには始まりもあるとおっしゃっていた。立教からはもう離れ、3月には卒業。そして新たな大学生活の始まりだ。ここでの生活を生かして、たくさんの人を応援できる、そんな人になりたい。まずは高3のみんなの受験を全力で応援したいと思う。

残りの立教生活もあと2日で終わる。私は高校1年生の2学期に入学したので立教生活はちょうど2年である。この2年間で私は多くのことを自分のクラスから学ぶことができた。もちろん高校1年生の時も十分楽しくて、思い出もたくさんある。しかし、クラス替えをしてからの方がより濃くて、クラスが1つになれたと思う。まずクラスが団結した一番のきっかけはオープンデイだったと思う。1組では揉め事は何一つ起こらずにオープンデイを終えられた。また準備期間前からもクラスの半分以上の人が教室に集まって、裏紙貼りや下線引きを楽しくできた。これが当たり前のことだと普通に思っていたら、そんなことはまったくないということを他のクラスから聞いて、1組の仲の良さを改めて知ることができた。これも全部学級委員が頑張ってくれたおかげだと思っている。
高校3年生になってからは行事がほとんどなくなって、勉強だらけの毎日になった。でも1組では笑顔が絶えなかったと思う。ちょっとした時間でも教室が静かになる事はほとんどなくて、毎日楽しかった。そんなみんなと、あと2日後にはお別れして会えなくなると思うと、寂しくて悲しくてたまらなくなる。他愛もない話で笑い、ふざけあっていた日々が、今思うとどれほど貴重だったか思い知らされている。
最後に。他の学校とは違って寮という限られた狭い空間で2年間生活して、より濃い学校生活を送ったことは、これからも絶対忘れないと思う。そしてこの楽しかった思い出を大事にしたい。

この2年間を振り返ると、思うことはいろいろある。
来たばかりの時はホームシックで、または日本の勉強についていけなくて辛い思いをいっぱいした。しかし、そんなのはその学期を終えたら消え去った。毎日の、疲れ果てるような、時間が決められた生活をやめたい、逃げ出したい、やっぱり家に帰りたい…。今まで何度そう思っただろうか。
今学期はじめも、正直「あ〜。最後の学期か〜。立教が終わっちゃうのか〜。」というよりも、「早く終わって欲しい。」という気持ちの方が強かった。この学校は普通の学校ではない。ルールが何重にも積み重なっていて、私たち生徒の生活は限りなく制限されている。それが当たり前ではないことを私よりも家族や親戚の方が理解していて、よく「すごいね〜。イギリスに1人で行くなんて。強いね。」と言われるのは、まんざらでもなかったのかもしれない。
私だけが強いわけではない。立教の生徒はみんな強い。みんながお互いに助け合い、励ましあいながら共同生活をしている。本当に、みんながいたからこそ私はここまでやってこれた。仲間の大切さをここで知ったからこそ、私はこれからの人間関係、人との出会いを大切にしていこうと思う。私は、立教英国学院に転入して本当に良かったと思う。このような素晴らしい経験をさせてくれた学校と先生方には、感謝の思いしかない。ここから巣立つことをとても誇りに思う。今までお世話になった先生方、本当にありがとうございました。さようなら。元気でね立教!

「メリークリスマス!まだ11月ですけれどね。」

立教から10分ほどのところにあるご老人達のコミュニティー「Elmbridge Village」の大きなホールのステージに立教生全員が並ぶとコミュニティーの代表の方がそう挨拶をして今年も「キャロリング」が始まりました。毎年2学期終業式前夜にここへ来て何十人ものご老人達を前に全校でクリスマスキャロルを歌います。期末テストが終わったその日から高校3年生の聖歌指導の先輩たちを中心に小学生から高校生まで全員が四部合唱のクリスマスキャロルを毎日一緒に練習してきました。日本語の歌と英語の歌を交えて歌い、一曲ごとに大きな拍手を頂き、その度にクリスマスに近づいていくような… まだ11月なのにたっぷりとクリスマス気分を味わうことができました。

ここ立教では第2学期最後の一週間は夢のような早さで過ぎていきます。期末テストを終えた心地良い安堵感を抱きながら、毎日みんなでキャロリングの練習をし、高校3年生が食堂のステージに大きなクリスマスツリーを飾り、生徒会主催の映画鑑賞会やクリスマスコンサートで大いに盛り上がり、キッチンスタッフが特別に用意してくださったクリスマスディナーを食し、150人以上ものお客様を迎えたクラシックコンサートで日頃の練習の成果を披露し、Elmbridgeの皆さんとクリスマスキャロルを通して交流をし、少し照明を落とした夜のチャペルで行われたクリスマス礼拝ではいつもとは一味違う礼拝の雰囲気を味わい、そして12月1日、今学期最後を締めくくる第2学期終業礼拝が行われました。

こんな慌ただしい一週間の中で、絶えず子供たちの心の中にあるのは、日に日に高まる「クリスマス感」と「高校3年生との思い出」です。日本から遠い地にある立教では、高校3年生と一緒に生活できるのはこの2学期が最後。大学受験の為、高校3年生は来学期はここには戻って来ません。これまでお世話になった先輩方と最後の時間を共有できるのがこの最後の一週間というわけです。クリスマスカードを交換したり、思い出ノートを回したり、食事の席でいつものように語り合ったり… 誰もが頭のどこかで「最後」を意識しながら、クリスマスの感謝と先輩方への感謝の気持ちで一杯になる、そんな一週間です。

終業礼拝では高校3年生の担任の先生方が長いようで短かった3年間の思い出を振り返ってスピーチをしてくださいました。そのあとのランチョンでは遠方から遥々いらした保護者の皆様も交えて心ゆくまで最後のディナーを楽しみ、そしていよいよお別れの時 ・・・ ヒースロー空港に向かう3台のコーチがキャンパスに到着し、スーツケースをゴロゴロと運ぶ音があちこちから聞こえ始める頃には、目に涙を浮かべて握手をし、肩を叩いて励まし合い、笑顔で悲しみをこらえる高校3年生たちの周りに皆が集まって来ました。生憎の小雨舞う寒空でしたが、この「最後の」瞬間、これまでの色々なことへの感謝の気持ちが込み上げてきて、皆とても温かい気持ちで満たされているようでした。

今年もまた無事に一年が終わり、とてもいい顔で立教を去っていった高校3年生を見送ることができたことに感謝いたします。

私はオープンデイとはクラスが一つに団結し、何かを作り上げ、それらをお客さんや家族に見せるための行事だと昨年まで思っていた。しかし、今回初めてクラス企画のない学年になり、父母の会の方のお手伝いをするという立場になったとき、新しい視点からオープンデイを見ることができた。

オープンデイは生徒だけのものではない、ということがまず一つ目に気がついたことだ。昨年までももちろん、大人の協力あってのオープンデイということはわかっていたが、今回、より、準備をする後輩の姿を見たり大人と関わる機会が多かったりしたこともあって、それをより実感することができた。安全確認をしてくださる先生方、ゴミの回収をしてくださる清掃員の方、高校3年生が手伝いをさせてもらったそれぞれの仕事も、大半は父母の会の方が先に準備をしてくださっていた。そしてなにより、オープンデイに来てくださる地域の方がいるからこそ、私たちがオープンデイをする意味があるのだと気づいた。
そしてクラス企画の意義にも気づいた。後輩たちはみんなより良いものを作ろうとし、時にはクラス内で意見が割れてしまうということも経験していた。日本の学校と異なり、この学校のクラス企画は一人一人の役割がしっかり割り振られているので、しっかり作業する人とそうでない人の差がはっきりしてしまい、揉め事が起きやすい。だがそれでも何とか作り上げたクラスの展示はどれも美しく、当日になっても揉めている人たちはどこにもいない。生徒全員が良いものを作ろうとするので揉め事もあるが、その分オープンデイは完成度が高くなるのだとわかった。
これが最終学年の私が気づいた新しい視点でのオープンデイだ。

オープンデイというのは、英国にいる現地の人たちに日本とはどういうところなのか、日本人というのはどんな人たちなのか、という事を伝えるための行事である。多くの学年が、日本の観光地や文化についての展示を行なっていた。それでは、私たち高校3年生はどうやってオープンデイに関わればいいのか。クラス企画もできない私たちはどうしたらいいのか。私の中でずっと疑問に思っていた。

補習も終わり、短いオープンデイ期間に入った。私の担当はラッフルで、教室移動後からすぐに会場設営に取り掛かった。お客さんが来るように教室を華やかに彩ったり、ポスターを作ったりしていると、時間はあっという間に経ち、当日を迎えた。
ラッフルの営業時間となってから少しして、だんだんと最も良い賞であるA賞が出始めた。その中のひとつ、スピーカーを最初に当てたのは英国の方だった。大きな鐘が鳴り、賞品をもらうと、彼女は喜んでいた。この時、自分たち高3の役割を知った。
私たちは、日本の文化や日本人の特色を伝えるという方法ではなく、英国の方と、嬉しい、美味しい、楽しいといった感情を共にするという方法で英国の方に近づこうとしていたのだ。アプローチは違っていても、英国の方とオープンデイという機会を通して関わっていた。これに気づけた私は、残念ながら当たらなかった英国の人たちと一緒に残念な気持ちを共有したり、一緒に楽しんだりすることができた。昨年とはまた違う、充実した1日を過ごすことができてよかったと思う。IMG_1785

私たち小学6年生は、3人という少ない人数でオープンデイの準備を頑張りました。先輩方みたいに大きな模型を作りたいと思ったり、先輩だったらもっと上手に文章をまとめることができるのにと思ったりしたことがありましたが、最後にはみんなが納得いくテーマになったので良かったです。

オープンデイ準備期間最後の日、小学生の展示はもう、ほぼ完成していたので、次の日のオープンデイがとても待ち遠しかったです。オープンデイ当日、私は少し緊張していました。なぜなら英国の方に質問されて英語が分からなかったらどうしよう、とか、英国にいるお友達の言っている英語が分からなかったらどうしよう、と思っていたからです。でも、オープンデイ当日、英国の方がとても分かりやすい英語で話しかけてくれました。しかも、お友達との会話もたまに分からない英語があったけど、なんとなくわかって会話ができたので良かったです。また今度会うときにはもう少し英語が話せるようになっていてもっと会話ができるようになっているように、これからももっと英語を頑張ろうと思います。
今回のオープンデイは、とても楽しく過ごすことができました。来年は、もっと大きな模型や、読みやすい文章を作りたいです。DSC02238

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