日本英語検定協会の実用英語技能検定試験が本校で実施されたのはつい先週のこと。そしてこの週末は、ケンブリッジ大学の英語検定試験、KETとPETが本校で行われました。また、これに先立ち、1週間前には同じケンブリッジ大学の上級英語資格試験、FCEも本校を会場にして行われており、この6月は生徒達にとって英語チャレンジの月でもありました。中には2つのグレードを同時受験した生徒や、更に上級のCAE試験を近くの大学で受験した生徒も数名おり、今回は延べ93名の生徒達がケンブリッジ英検に挑戦しました。

生徒達は学期始めから、自習時間を使って問題集をひたすら解いたり、プライベートレッスンの先生に特別に試験対策をしてもらったり、高校3年生は難関のFCE試験を目指してイギリス人の先生方による特別授業を週に4時間受講する等、それぞれのペースで自分の努力目標に向かって頑張ってきました。

そして本番。どの試験もペーパー試験だけではなく、リスニング、そして専門の試験官によるスピーキングの試験もある本格的なもの。スピーキングの試験では2人でペアを組み試験官と対話をしながら総合的な英語運用能力が試されました。本校のイギリス人の先生が試験直前までスピーキング試験の模擬練習をしてくれたので、本番も落ち着いて試験に臨めたようです。朝から夕方まで行われた長丁場のFCE試験終了後は生徒達も流石に皆疲れ切った様子でしたが、これまでの努力の成果がどう出るか、夏休み中の結果発表が楽しみです。

本校がこのケンブリッジ英検の試験センターに指定されたのは20年以上も前のことになります。最近イギリスのビザの申請に際して英語資格が必須となったため、運用状況が厳しくチェックされるようになり、今回このケンブリッジ英検が行われた最終日にはインスペクター(査察官)が来校し、試験の実施状況が細かくチェックされましたが、長期に渡って毎年この試験を実施してきた本校は今回の査察でも高い評価を受けることができました。

6月8日(日)、恒例の漢字書き取りコンクールが行われました。
小学5年生から高校3年生までの全校生徒が点数を競います。
普段は英語に触れる機会が多い生徒達が、50分間机に向かって黙々と漢字を書き連ねていく姿は、少し新鮮な光景に見えます。

狙うは表彰対象の80点以上。この一週間は食事の席でも
「何点くらい行けそう?」
「80点以上は余裕」
「よし勝負しよう」
などと、コンクールの話題でもちきりでした。

休み時間に、練習プリントの採点結果を見せてくれる生徒もいました。
覗いてみると、とめ、はらい、はねなど細部にまでチェックが入り、×がつけられています。
かなり厳しいです。

先生も他人事ではありません。生徒と一緒に取り組み、結果が張り出されます。
勉強しなさいと指導する立場上、生徒に負けては面目丸つぶれ。
先生にとっても威信をかけたチャレンジなのです。

100題の問題のうち、最大の難関は事前にお題が告知される「ウルトラC」問題。
今年は「瓱(ミリグラム)」「打(ダース)」など、単位にまつわる漢字が出題されました。
ところが、まったく手がつけられないかと思いきや、皆どんどん埋めていきます。
実はこの「ウルトラC」問題、生徒会が事前に予想問題を作成し、配布しています。
生徒は予め勉強済みということ。出題する先生と生徒達の頭脳ゲームの要素もあるのです。

コンテストの盛り上がりは速報結果が張り出されるまで続きました。
去年の自分を超えたもの、友達や先生との勝負に勝ったもの、それぞれの喜びが表情に現れていました。
高3の平均点は約80点。さすが最上級生です。
字を書く機会が減りつつある現代、真剣に漢字に向き合う機会を通して、生徒たちは日本の文化をしっかり受け継いでいます。

6月3日、中学部1年生と2年生はハッチランドパークへフィールドワークに行って来ました。ハッチランドパークというのはナショナルトラストに登録されている、歴史あるお屋敷。建物が立派であるだけでなく、そこに展示されているピアノのコレクションで有名な所です。その昔この屋敷に住んでいたアレック・コブ氏がピアノのコレクターだったため、今でも30を超える数のピアノを見ることが出来ます。

午前中の授業を終えてからサンドイッチを持ってミニバスに乗り込み、ハッチランドパークへ向かいました。この日はあいにくの雨。車に乗って約30分、豪華なお屋敷に到着しました。建物の周りの広大な芝生やガーデンもとてもすてきな所でした。ワークシートを片手に早速建物の中へ入りました。最初の部屋はアトリエ。この部屋だけでも5台のピアノがありました。中にはマリーアントワネットのために作られたピアノまであります。生徒達はピアノの数を数えたり、飾られているお屋敷の持ち主たちの肖像画を見ながら班ごとに分かれてワークシートに取り組んでいきました。何か疑問に思うことがあると各部屋にいるガイドの方に英語で質問をする生徒の姿も。とても意欲的に取り組むことが出来ました。図書室、廊下、ダイニングルームにもピアノが沢山ありました。半月型のピアノ、長細いピアノ、ショパンのピアノ、リストのサインのあるピアノ…。お屋敷は貴重なピアノでいっぱいでした。そして最後の部屋では豪華絢爛なオルガンを弾かせてもらうことまで出来ました。1時間程のお屋敷のツアーを終え、外に出ると天気はすっかり良くなっていました。広大な庭の噴水の前で写真を撮って学校へ帰りました。歴史ある音楽家たちが実際に演奏した楽器に触れ、当時の人々の暮らしに思いをはせることの出来た貴重なフィールドワークとなりました。

Japanese Evening ー これは小5から高2までの生徒が協力して作り上げて、お客様を迎える最初のイベントだ。今年は、茶道や剣道、プレゼンテーションを始めとして全部で12の企画が行われた。その中で私は「あやとり」を選んだ。

高2となった私達は、企画長として後輩たちをリードしたり、内容を考えたり、先生や同じ企画の仲間との話し合いに打ち合わせ、そして練習。勉強との両立をしながらの、約1週間は本当に大変だった。自由時間や勉強時間を削って準備をした。でも思う。今まで先輩方も、今の私達と同じように、同じ気持ちだったんだな、と。

私は昨年も同じ「あやとり企画」で参加した。だが残っているのは苦い想い出ばかり。日本語でも他人に教えるのが難しい事をどうやって教えたら良いか分からず、英語も理解できなくてペアの子に沢山迷惑をかけた。そして企画自体の参加者も少なく、笑顔もあまり無かった。

だからこそ、どうしても今年は成功させたかった。良い想い出へと塗り替えたかった。

今回のメンバーは9人。中2が最年少だ。手始めに、お客様に説明する時に使用する糸の位置が描かれた紙を、白黒からカラーに変更した。これは、焦って分からなくなった時や、後輩が紙を見せて色をお客様に伝えるだけで、少しでも説明することができるようにするためだ。そして、私は企画長として、「あやとり」についての説明や「国際あやとり協会」という所の紹介を英語で作った。これは初めて「あやとり」の事を聞く人が少しでも興味を持ってくれるように、既に知っている人にも少しでも豆知識を伝えて、頭の片隅に記憶を残してもらうためだ。そうすれば、看板しかなくても、良くわからない企画に少しでも立ち止まってくださると思った。他にも出張して実演したりした。これは、人間が何かおもしろそうな所があると噂したり、立ち止まったりしてしまう心理を利用してみたものである。

結果は大成功。参加して下さった方、興味を示して下さる方も多かった。これは、後輩達が緊張しながらも積極的に声を掛けてくれたから。何よりも嬉しかったのは、相手の方と英語が通じた事。1年間、立教で学んできた事は決して無駄では無かったと感じられた。今年は難しい過程の所は、自分が作った物をそのまま相手の指に移動させてあげる、など「工夫して教える」という余裕も自分の中にあった。そして全員が成功して素晴らしい笑顔で帰って下さったこと。私達にもいつの間にか、笑顔の花が咲いた事。

来年は高3となり、参加することができなくなる。少し悲しい。けれど、今回一生懸命頑張ってくれた後輩達が引き継いでくれると思うと安心できる。来年は、今年よりも更に良い企画と行事になってくれることを願っている。

(高等部2年生 女子)


1987年に在籍し、27年ぶりに訪問させて頂きました。当時の大嵐で木が倒れてしまった記憶がありましたが、すっかり風景が変わっていることに年月が経ったことを実感致しました。
昔の記憶をたどると、今の自分と昔の自分がどう変わってきたのか、成長しているのか等、考えることが出来、今後の人生の糧にしたいと思います。
1年間と短い間でしたが、あたたかくご対応頂きありがとうございました。
三つ子の娘がおりますので、海外駐在となりました際には是非宜しくお願いします。

私は、今年で立教生活5年目という古株メンバーとなった。だが、立教での4年間はとても早いもので、中1で入学した私がもう高2となった。
当時、中1の私の目から見る高2の先輩方は、部活や委員会などを担う立教の中心だった。そんな、尊敬していた高2という立場に私達はなってしまったのだ。

1学期も3週目を終えようとしている今、球技大会も終わり、Japanese Eveningの活動も始まったこの時期、放課後にも時間の余裕が出来、運動部を中心にクラブ活動が盛んに行われている。いつも通りの立教生活に戻ったということだ。委員会やクラブの長の引き継ぎも終了し、新部長達が部活を動かしている。実は、私も演劇部の部長に任命して頂いた為、そのうちの1人なのだ。まだ高3生はいるものの、顧問の先生とコンタクトをとったり、その日の練習スケジュールを組むのも、全てではないが私が行っている。

以前、高3の先輩方に、これからの演劇部についてアドバイスをもらったのだが、やはり優しい言葉だけではなく、心にくる言葉も沢山あった。その時、自分が部長で本当に良いのだろうか、皆を引っぱっていけるような長になれるのだろうか、と改めて考えさせられた。

ある先輩が、
「貴方が演劇部の部長になることは、高3の演劇部のメンバー全員で考えて、皆が納得したことだから心配することはないのよ。それに部長は一家の大黒柱みたいな存在だから、貴方が折れてしまったらこの部活は崩れてしまうわ。」
と言って下さった。そして、部長という立場の重大さも痛感した。

人を引っぱっていくということは得意ではないけれど、やりがいのある仕事に楽しみも覚えた。それに私は1人ではないのだ。私のことをサポートすると言ってくれる同輩や後輩もいる。そして、これから我が演劇部は、早くもOPEN DAYに向けての練習を開始しようとしている。
去年、一昨年とOPEN DAYで優勝を果たした私達は、3年連続優勝という目標を掲げている。先輩に頼ることが出来なくても、新入部員を迎えた私達は、高2という大きな存在を自覚しつつ、歩み始めている。

(高等部2年生 女子)

5月9日の金曜日、Japanese Eveningがありました。
わたしの、参加した企画は、折り紙でした。
練習のときに、立方体の箱を作りました。六つの部品で作る折り紙なので、時間がかかってむずかしくて大変でした。でも、出来上がりが楽しみなので、がんばれました。ようやく出来上がったときは、きれいに作れたので、とてもうれしかったです。
本番になって、また立方体の箱を作ってみました。練習のときよりも、うまくできるか心配でした。かどとかをきれいに合わせてずれがないようにしたり、あとがつくようにしたりして、どうやったら、きれいにできるか考えて、工夫しながらできました。だから、練習よりもよくできて、工夫したかいがあってよかったです。
お客様に作り方を教えるときになって、わたしは、カメラの作り方を教えてあげました。そのときに、はしとはしをあわせるように気をつけながらやってもらいました。カメラが出来たとき、喜んでもらえたのでうれしかったです。
自分で作った立方体の箱をプレゼントしたら、喜んでもらえて、安心しました。
がんばって作ったものをとてもよろこんでもらえたので、作ってよかったと思いました。
イギリスの人に、日本の文化を教えて分かってもらうと、とてもうれしかったので、来年のJapanese Eveningも、イギリスの人たちに、いろいろな日本の文化を知ってもらって、広めてほしいと思いました。

(小学部5年生 女子)

「高2にもなってお城!?」
これが、アウティングでウィンザー城に行くと聞いた時の私の素直な感想だ。だから、行く前もなんだか憂鬱な気分だった。
しかし、コーチの窓からウィンザー城の外観を見た瞬間、テンションが一気に上がった。想像していたよりも、遥かに立派な城だった。

コーチを降りて城に入るとすぐに衛兵交代のセレモニーを見た。バッキンガム宮殿の衛兵交代は柵と柵の間に顔を入れて遠くからしか見られないのに、ウィンザー城では至近距離で見ることができた。衛兵は黒く長いベアスキン帽をかぶり、赤と黒の長袖長ズボンを身にまとっていた。真夏のような日差しが照りつけるアウティング日和で、見ている私は今すぐにセーターを脱ぎたいと思うくらいなのに、衛兵はもの凄く険しい顔をしてピシパシと動いているのを見て感心した。セレモニーが終わると衛兵と写真を撮った。先生が、彼らは任務中だから笑わないとおっしゃっていた通り、まったく笑わず、撮った後に溜め息までついていた。暑さと多勢との写真撮影でお疲れのようだった。

ウィンザー城を見渡すと、一際高いラウンド・タワーが見える。この日はこのタワーの上に旗が揚がっていた。これは、エリザベス女王がこの城にいますよ、という印だそうだ。女王は普段、バッキンガム宮殿とウィンザー城のどちらかにいるそうだ。この日、そう遠くない距離でウィンザー城の美しい緑や建物、清々しい空気を女王とともに味わえたかと思うとなんとも特別な気分になった。

(高等部2年生 女子)

私が立教英国学院に来てわずか1週間と少しで、球技大会の練習が始まった。運動はあまり得意でなく新しい生活にもまだ慣れきっていない私だったが、学校の雰囲気が大会に向けて徐々に盛り上がって行くのを感じて、なんだかわくわくした気持ちになった。

バレーボールやバスケットボールは経験のある、運動好きな人が集まりそうだなと思い、みんなで楽しめそうなドッチボールに参加することにした。しかし、練習が始まると私の考えは間違っていたと思い知らされた。参加者の後輩達の目が皆本気だったのだ。ただボールをよけるだけではない。投げられたボールを受けとめ、そして相手に向かって本気で投げてぶつける。強い信念を感じて、私も気を引き締めて練習に励んだ。
「新入生の先輩」という立場は、少し大変だったが、しっかりした後輩達と、頑張ってくれたキャプテンに助けられ、真剣に練習に取り組むことが出来た。

本番ではいきなりジャンプボールをまかされとても緊張した。練習で相手チームと対戦することは出来なかったので、相手の実力が分からず、私達のチームは苦戦した。なんとか頑張って、1ゲーム勝ち取ったが、午前中の試合は負けてしまった。このまま午後も負けてしまうのは悔しい…。気合いを入れ直して、午後の試合に挑んだ。

昼食後はチーム全体のテンションが上がった状態で試合をすることが出来た。声出しも皆でできたし、真剣かつ笑顔でドッチボールができて楽しかった。
ここまで本気でドッチボールに取り組んだことがなかったので、新鮮な体験が出来た。それぞれ多少の悩みや大変さもあったかも知れないけれど、それを忘れてしまうほど熱中できた、いい試合だったと思う。
結果は引き分けだったが、午後の試合で勝てたことはとても嬉しい思い出になった。

(高等部2年新入生 女子)

オランダは長い冬が終わるとクロッカスや水仙、チューリップが咲き乱れ、春つまり花のシーズンが始まる。春休みに入り、アムステルダムに帰ると街路も公園も黄色の水仙や青色のヒヤシンスがまぶしいくらいに咲いて迎えてくれた。そんな春の一日。花の国として有名なオランダを象徴する世界最大の花取引所アールスメア生花中央市場(Flora Holland)へ行ってみた。

まず最初にビックリしたのは設備の大きさだ。総面積百150へクタール、サッカー場で二百五十面以上という巨大な規模に度胆を抜かれる。そしてその巨大な空間にさまざまな種類の花がある。バラ・ガーベラ・蘭・ひまわり・チューリップ、名前もわからない花たち。赤・黄色・白・オレンジ色と色とりどりの花、その花をトローリーが運ぶ。トローリーの数もすごい。「よくぶつからないな」と心配になるくらいのスピードでお互いにうまくすりぬけていく。市場の活気を感じた。

見学コースから窓越しにオークションを見た。大教室のような部屋でスクリーンが前にあり、業者の前には一台ずつコンピューター。声を発することもなく、システマチックに競りが行われる。ここで扱う花の八十パーセント以上が輸出されているらしい。取引が成立すると、ただちにスキポール空港へ運ばれ空輸されるため、その日の午後にはパリやロンドンの花屋の店先に並べられる。前にアウティングで見た花屋の花も、ここで競りおとされたものだったのだろうか。

(高等部2年生 男子)

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