交換留学は、あっという間の一週間だった。学校は違えど現地校。私は自分が通っていた前の現地校のような様子を想像し、少し緊張していた。
しかしいざ学校に行ってみると、周りの子はとても私たちに興味を持って話しかけてくれた。一緒に写真を撮ろう!とカメラを持ってきてくれた子さえいた。
そんなミレーの生徒に最初は少し戸惑ったが次第に打ち解けて一緒にお菓子を食べたりした。

ステイ中に印象に残ったことは2つある。
1つは夜にエスターのお父さんが入ってるバンドの練習演奏を聴きに行ったことだ。
私がColdplayというバンドが大好きだと知ったお父さんが招待してくれたのだ。
本当に帰れるのか心配になるほどの山奥に、そのコテージはあった。色々なコテージがあるなかで、お父さんたちがいるコテージに入ると、すでに練習は始まっていて、コテージ内には大きな音が響いていた。Coldplayの曲を歌うお父さんがとても素敵で感動していると、エスターは自分のお父さんが歌う姿なんて恥ずかしくて見ていられないわ!と私を引っ張り外に出た。
外では、来た時には気づかなかったとてもきれいな星たちを夜空に見つけた。

2つ目はエスターの誕生日パーティーだ。
誕生日は金曜だったから2人で木曜日にケーキを作った。レシピ本に載っていた、ピザ型のケーキだ。彼女はピザが好きらしく、とても楽しみにしていたのをよく覚えている。
当日、エスターと仲が良い子たちが6人くらい来た。パーティーは楽しく、みんなでピザとピザ型ケーキを食べたりした。
もっと楽しかったのは、パーティーの後だ。2人でエスターの部屋に行き、プレゼントを渡した。友達や彼女の両親にも聞いたりして決めたプレゼントだったのでとても喜んでくれた。
初めて会ったときに一言で終わってしまったようなはずまなかった会話も、今ではその面影すらなく、お互いに話すのをやめなかった。遊んでいる途中で、日本語だけで話すようにしたり、英語だけで話したりした。彼女の日本語もまた、とても上達していた。

帰るときにまた会う約束を何回もした。日本からお土産を持ってくることも。
まだ彼女の両親に渡せていないThank you カードを手渡せる日が待ちきれない。
[ English ]

The exchange has finished very quickly. Because it was a local English school, I was a little concerned. However, when I went to school, it was completely different from the local English school I used to go. (I’m not talking about Rikkyo.) Some girls brought a camera and said to me, ‘Let’s take selfie!’ At first, I was confused. But gradually Millais girls and I got closer, and we ate snacks together.

I had two impressive things in this exchange. One of them is that I went to listen to Esther’s dad (Richard) playing in band at night. Richard invited me because he knew I love Coldplay. The place was in the mountain. It was so dark and I wondered if we could go home safely. There were many cottages. We entered Richard’s cottage. Some people were already practicing and the sound was so loud. I was so impressed by Richard’s singing and playing the drums. However, Esther said she was embarrassed to see her dad’s singing in front of her, and she took me out of the cottage. Then I realized that there were many beautiful stars in the night sky.

The second thing was Esther’s birthday party. Friday was her birthday. So we made cake on Thursday. The cake was shaped like pizza. She seemed to like pizza very much. Some girls came to the party and we ate pizza and the pizza cake. And we saw a movie. After the party, I gave her presents. I asked some of her friends and parents before I decided what to buy for her. She seemed to be very happy with my presents. We didn’t stop talking. At first, we couldn’t talk much. And her Japanese got a lot better.

We promised to meet again. I also promised them to bring back some presents for them from Japan. I can’t wait for the day when I can give a thank-you card to Sara and Richard.

(高等部1年生 女子)

来年2015年に日本で第23回世界スカウトジャンボリーが開催されます。
先日本校で開かれた第10回Japanese evening の催しに、ホーシャム地区からイギリス代表となった3名のスカウト隊員が来校、一足早く日本文化を経験しました。
来学期には、総勢36名のスカウト隊が本校を訪れ、翌年の日本でのジャンボリーに備えて本校生徒と交流します。

以下に、Japanese evening の際、引率として来校したスカウト隊リーダーからのお礼の手紙を紹介します。

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Just wanted to say a big thank you for inviting us to the Japanese evening on Friday, the pupils were extremely polite and welcoming. We thoroughly enjoyed ourselves. The three Jamboree Scouts I took are even more excited about their trip to Japan next year – in fact I wish I was going with them! They can’t wait to tell the rest of their Jamboree Unit when they next meet.

Thank you again

Kind regards

Julie

全ての力を出し切った。

いつもと違う自分がそこにはいた。

昨年に引き続いて女子ソフトボールになった高3が自分だけだと聞いて、私はかなり焦った。チーム決めをしたものの、両チームのメンバーの中で練習内容を考えることができる人は私だけだった。どう練習すればみんなは打てるようになるのか、ボールを捕れるようになるのか。そして、ソフトを心から楽しんでくれるのだろうか。考えた末に出た答えは、大会直前まで両チーム一緒に練習をするというものだった。ソフトボールは、学校の体育でやる機会が多いとは言えない。でも私は、この球技大会で、みんなに「ガチ」になってほしかった。だから私は、キャッチボールを敵味方関係なくペアを組んでやってもらったり、チームをバラバラにして混合で試合をして、敵の情報を盗めと言ったりした。作戦会議の時間を一日に何回もとった。みんながソフトに真剣に挑んで、男子ソフトにも負けないような熱い試合をしたいと思ったのだった。

当日。一試合目は18対11で勝ち、二試合目は8対10で負けた。一勝一敗。このスコアからもわかるように、みんなよく打ち、捕り、投げ、走り、転び、叫んだ。それは、黄色チームも水色チームもどちらにも言えることだった。きっと、メンバー全員があんなに叫んだのは女子ソフトだけだと思う。

試合が終わって自分のチームを集め、みんなの弾ける笑顔、そして後輩の、「先輩がキャプテンで本当に良かったです。」という言葉を聞いた時、私は涙が出そうになった。そして、その瞬間頭の中を過ぎったのは、一年前、同じ言葉を高3の先輩に言った自分だった。
たぶん先輩と私はその時同じことを思っただろう。自分たちの役目は終わった、と。

(高等部3年生 女子)

あたりは見渡すかぎり青いブルーベルの花畑が広がっていた。

私にとって最初で最後のブルーベル見学に、私は乗り気ではなかった。ちょうど前日に体調を崩したうえ、友達には行くほどのものではない、体調が悪いならやめておけと忠告されたのが大きな原因である。しかし、一人でドミトリーに残って休んでいることに抵抗を感じたため、ブルーベル見学に行くことにした。森へはまだ行ったことがなかったため、山道が苦手な私には不安があった。まだ森に入ったころはきれいな植物はなく、期待もだんだん薄れていってしまった。

五分ほど歩くと、突然、目の前に広大なブルーベルの花畑が広がった。ブルーベルは一つ一つは小さな花だが、数え切れないほどの花が広がったその光景に私は目を奪われた。全体が青いじゅうたんのようで風に花畑全体が揺れると、絵本の中の世界にいるような気分になった。花からはかすかに甘いにおいが漂ってきて春の美しさを五感すべてを使って感じることができた。

今までこんなにたくさんの花を見ることがなかったので、ブルーベル見学に行けたことにとても感激している。あの花を見ないという選択をしていて、写真だけを見ていたら、きっと後悔していたであろう。この学校でブルーベルを見られるのは今回が最初にして最後である。このようなすばらしい体験ができたことを嬉しく思う。

(高等部3年生 女子)

4年ぶりに訪問させて頂きました。久しぶりに先生方にお会いする事が出来て、とても嬉しかったです。
立教に帰ってくると、いろんな思い出がよみがえって来て、とてもほっこりしました。
卒業して2度目の訪問ですが、イギリスに来ると帰りたくなる場所がある事をとても幸せに思います。
またお邪魔させて頂ける日を、楽しみにしております。

(高木さん)

久々の立教、懐かしい気持ちでいっぱいで、良い思い出がたくさんよみがえりました。
また機会があれば伺わせて頂きたいと思います。

(高木君)

3月といえば別れの季節である。各地で卒業式が行われ、みんなそれぞれ別々の場所に行く、そういう季節だ。
実際、この立教英国学院でも別れがあったわけだが、もう一つ僕の身の回りで起きた別れを紹介したいと思う。

僕が前に在籍していたロンドン日本人学校の友人達が日本の高校に行くために本帰国をしなければならないので、最後に遊んでおこうということで互いに連絡を取って集まった。久々に見る友人達は前に見た時と何も変わっていなくて少し安心した。
その後はみんなでずっと話した。誰がどこの高校へ行くとか、2学期や3学期の出来事や日本に帰ったら遊ぼうなど・・。そんなことを話している内に帰る時間になってしまった。涙ぐむ友達も見られたが笑顔で送ってあげた。僕が必ず別れ際に言う言葉がある。
「またいつか会おう。」
こう言って別れる。でも今の時代は連絡が昔に比べたらどんなに取りやすいのだろうかと思う。昔だったら手紙くらいしかないが、今ではメールやフェイスブックなどといった便利な手段があり、すぐに連絡が取れるから良い。

家に帰った後に少し別れについて考えてみた。親の仕事の都合で小さい頃から転校が頻繁にあった。この立教英国学院で5度目となる。何人もの友達と別れ、何人もの友達と出会ってきた・・。そうだ出会いだ。別れは悲しいし寂しいけれど、それをいつまでも続かないようにしてくれたのが出会いだった。これが中3の春休みに得たものだ。

別れの次にあるもの、それは出会いに相違ないだろう。4月は出会いの季節、どんな出会いが待っているのか楽しみだ。

(高等部1年生 男子)

「あ、メロンパンだ!!」
母が見ていたテレビに目が止まった。そこには、おいしそうにメロンパンを頬張っている映像があった。その瞬間「私も口いっぱいにメロンパンを食べたい」と思った。こんな風に思うほど、私は小さい頃から大好きだった。周りのクッキーの部分はサクサクで、そんなクッキーに囲まれたパンがフワフワなメロンパン。日本に住んでいたならば、すぐにでも近くのコンビニやパン屋などに買いに行っていただろう。だが私の家の近くには、車で20分かかる所にしかメロンパンを売っていない。私は母に頼んでみた。
「メロンパン買いに行こう。」
「今日は忙しいから行けないかな。」
と母に言われた。食べる事を諦めかけていたその時、「手作り」という言葉が私の頭に浮かんだ。

そして10分後、インターネットで作り方を調べて作り始めた。パン生地を作り発酵させ、クッキー生地を作り、パン生地を包んで焼く。1時間半から2時間経ったろうか。作り終えた瞬間、一つ手にとり、すぐに食べた。それはそれはとにかくフワフワで、今まで食べたメロンパンとは何かが違う。焼きたてだからだ。きっと日本にいたらパンを作ろうとは思わなかったはず。日本では身近にありすぎるが、海外生活だからこそ、「自分の手作り」「焼きたて」というおいしさに気づけたのかもしれない。

この事は、小さな出来事だったかもしれないが、私にとっては貴重な体験、そして大きな経験となった。なぜなら、海外生活をしている中で、今までもたくさんの貴重な体験をしていたことに気づいたからだ。例えば、外国人と話をしている時に「私はこのチームに所属している」と伝えたいが、「所属」という単語を忘れてしまった。こんな時は、「私はこのチームのメンバーだ」などの別の言い方を考える。英語でちょっと会話するだけでも、思いを伝えるためにいろいろな言い方を考えることで、何か得られている気がする。思ったように伝えられない時も、一生懸命伝えようとすることで精神的にも鍛えられているのかな、と思うことがある。せっかく海外で生活しているのだから、何かしら小さなことでも感じながら生活していく。異なるものと接する時、何かを感じ、そして自分なりの思いを積み重ねる。このことが海外生活をするうえで大切なことなのではないかと思った。海外生活だからこそできる苦労は私にとって貴重な経験となるだろう。

(高等部1年生 女子)

5月9日(金)の7限から8限(19:30〜21:30)にかけてJapanese Eveningが行われました。

Japanese Eveningとは、英国人に日本の文化を紹介するという行事です。

10年目となった今年は、例年行われている剣道、茶道、書道、折り紙、あやとり、福笑い、箸、日本語、独楽、剣玉、昔あそびに、新しくジブリ作品の紹介と、ふろしきが加わりました。
日頃から交流のある近隣の学校の生徒たちや、英国人の方を招待し、今年は今までで一番多い、約140名のお客様を迎えて、大盛況となりました。

会場となったニューホールにお客様が訪れると、どの企画も自分の企画に来てもらおうと、次々に声をかけて勧誘していました。
また、自分の企画に来てくださった英国人の方には、たどたどしい英語ながらも必死で自分の担当する文化を紹介しました。
英国人の方も一緒になって楽しみ、会場中で楽しそうに立教生と笑っている姿が多く見られました。

決して流暢な英語でなくても、「自分たちの企画を楽しんでもらいたい」そんな意欲に満ち、英国人の方と交流する。
そして彼らの話す「生の英語」に触れる。これこそ本当に生きた英語の実践であると思います。
さらに英語だけではなく、何よりもJapanese Eveningは、日本の文化を紹介することを通して、英国人と立教生、イギリスと日本を結ぶ架け橋となっていました。

英語漬けになった2時間が終わった後は、「あーもう英語使いたくない!」という声がある一方で、「俺もっと話したかった!」という声もあちこちで聞かれました。
英国人の方と共に真に楽しめることができた、そんな一時となったJapanese Eveningだったと思います。

ミレーとの交換留学を通して私が最も感じたことは、言葉がうまく通じなくても、心と心が通じ合えば気持ちがつながるということです。

当初予定していた家が御家庭の事情で伺えなくなり、急きょニアさんの家にもう一人の友達と一緒にお世話になることになりました。
急な変更で相手の家の方も一緒にステイすることになった友達も戸惑っているのではないかと心細い思いでスタートした一週間でした。

6人家族で男兄弟のニアさんの家は、東京の私の家と同じようににぎやかで、温かい家庭で、お母さんは包容力のある素敵な女性で、ホッとしました。
ニアさんの兄弟は私の兄弟とかぶるくらい性格も似ていてまるで東京に帰ってきたかのように、笑い、話し、生活を共にすることができました。お父さんは一生懸命に私達をリラックスさせようと面白いしぐさをして笑わせてくれました。特別扱いされるわけでもなく、普段の生活の一部分に私達を招き入れてくださり、私達も気兼ねすることなく楽しく一週間を過ごすことができました。

ミレーの学校は、女子高の為懐かしい立教女学院にとても様子が似ていて、勉強は、ケミストリーや音楽、料理、体育は内容も理解でき、スペイン語の授業では日本についてのプレゼンをする時間があり、皆が真剣に私の話を聞いてくれました。英語、物理、数学は内容が難しく、書き写すのに必死でした。日本人がいるから特別な時間割を組むのではなく、日常の授業の中に私を招き入れ、受け入れてくださいました。

あまり一緒に行動できなかった当初のパートナーとの別れの日、多くの言葉は交わせなかったけど、目と目が合った時に寂しさで涙がこぼれてきました。レインさんも同じく大粒の涙を流して、ここで初めて、心と心が通じ合った瞬間を感じることができました。
このような機会を与えくださり、本当にありがとうございました。

(高等部1年生 女子)

今回、初めて球技大会があり、水色のサッカーへ入りました。色々と分からないこともありましたが先ぱい達の分かりやすい指導のもと、人生初のゴールキーパーをやらせてもらいました。

今までゴールキーパーをやったことがなかったので、ワクワクしたけれども、きん張して本番はガチガチでした。いつもはこんなボール、キャッチできるだろうと思い眺めていましたが、実際、キーパーをやってみると、とても奥が深く、なかなか試合中にサボれない職でした。

練習後はいつもドロドロで、真っ黒でしたが、努力がもっと体に付き、そして落ちず、中身から変わって行きました。本番までに一生けん命作ったユニフォームは一生の宝物です。

そして本番やはり努力が足りませんでした。実戦こそ、思いっきりぶつからなければならないのに、きん張のせいか、思ったように体が動かずに、止められる所も、入れてしまい、後の祭となってしまいました。このことをバネに、これからがんばります。この球技大会で、100%練習しても、結きょくは60%ぐらいしか出せない。という事を学んだので、100%試合で力を発揮したいから、140%以上練習しなければ、と思いました。

来年も、もしもやらせてもらえるならば、全力でキーパーをやりたいと思っています。

(中学部1年生 男子)

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