2012年11月17日、ロンドンのSt. John’s Smith Squareで本校の創立40周年記念コンサートがロンドンにて行われました。5年毎にロンドンの名だたるコンサートホールで開催してきた節目のコンサート。今回もたくさんの方々に見守られて本校の生徒たちが堂々とした演奏を披露することができました。

 

何か月もかけて準備をしてきたコンサートだけに、演奏者にとってもかなりの思い入れがあり、その思いを伝える作文にも自然とその気持ちが表れているようです。またコンサートに来て下さった方々から頂いたコメントやお手紙も合わせてご紹介いたします。

 

★★★ ホームページに掲載された40周年記念コンサート関連の記事をまとめましたのでこちらをご覧下さい。★★★

 

今日私は、立教からセント・ジョンズ・スミス・スクエアまでバスで2時間ぐらいかけて行きました。私は、出演者ではなかったのですが、ドミトリーが一緒の岸田先輩は、朝の6時に起きて7時に会場へ向けて出発し、リハーサルをやったのだそうです。

 

私が会場へついて5分後くらいに、メルリーニ先輩が舞台に立って、お客さんたちを見て、すごくきれいな英語で挨拶をしていて恰好良かったです。たくさんの先輩たちが上手に弾けていて、すごかったです。その中でも一番すごいと思ったのは中3の松田先輩でした。すごくうまく弾いていて感動しました。バイオリンで弾いているのに、バイオリンが私に話しているようなのです。バイオリンから、美しい音が出て、「私ってすごいでしょ。」と話しかけている感じがしました。

 

40周年記念コンサートに行けて、すごくうれしかったです。私も先輩たちのように、舞台に立って楽器を弾いてみたいです。「5年後にまたある記念コンサートの時は、私が舞台にたっているのかな。」と思いました。

 

(小学部5年 女子)

 

照明が暗くなり、拍手で包まれる会場。今日は一生に一度の立教創立40周年記念コンサートの日だった。

 

コンサートに出演する生徒は朝6時に起き、7時に学校を出て行った。今日行われた40周年記念コンサートは、規則正しい立教生の生活を狂わせてしまう程、立教にとって大事な行事なのである。僕は出演者ではなく、聴衆の立場だったが、この行事がいかに大事な行事だったのか今日のコンサートを見て分かった。僕の学年からも10人が出演したが、今日のコンサートを見て、今までの練習はこの日のために行われていたのだと感じた。食事中に抜け出して練習をするChoir、自習時間に辺りを見渡すと、楽器の練習に行って空いている席が見える。見えると思ったら、上のチャペルの方からピアノの音が聴こえて来る。これらの謎の正体が、今日のコンサートで明らかになったのである。出演者の長い間の努力が今日、お客様の前で披露された。そう思ったとき、僕は感動してしまった。演奏中も、頭の中を真っ白にして、聴いていた。演奏が終わると、会場から沸きあがる拍手。今日は本当にすばらしいコンサートだったと思う。

 

コンサートが終わって立教に帰ってきてHRが終わった後、僕は驚いたことがあった。それは、40周年記念コンサートの準備が去年から行われていたということである。という事は、今日出演した人は去年からコンサートのために闘ってきたのである。そう思うと、僕の眼は自然と尊敬の眼差しになっていた。次の記念コンサートは5年後にある。その時、僕は立教英国学院を卒業している。だが、5年後も今と同じように、立教生はコンサートの準備を一生懸命して、また感動的なコンサートに仕上げてくれるだろう。僕は心の中でそう期待している。

 

(高等部2年 男子)

 

ある雨の降る古びた羅生門の下で主人に暇を出されてしまった下人が途方にくれていました。このまま生きるために盗賊になろうかとは思ってみてもなかなか踏み切れない、そんなときに、生きる糧を得るために悪事とわかって死人の髪の毛を抜く老婆に出会います。老婆は自分が生き抜くためであり、この死人も生前は生きるために悪事を働いたのだから許されるだろうと口にします。下人はその老婆に対し正義感を燃やしてしまいましたが、しまいにはその言葉に納得し、老婆の着物をはぎとってしまいます。そして「私もそうしなければ飢え死してしまう体なのだ。」と言い残して消え去るという選択をしました。

 

 飢え死をするのか、盗人となるのか決心がつかなかった下人。多分、自分もその場にいたら、そう簡単に決心はつかなかったと思います。でも自分には罪悪をしたくないから飢え死を選ぶなんて勇気は持ち合わせていないと思います。だとしたら、私も下人と一緒の行動に出るかも知れません。下人がしたことは正義的なことではないと思います。しかし自分がその場にいたとしても飢え死することを選ばずに追い剥ぎになることが悪と言えないと思います。それは、生きたいという人間の生命への執着がそこにあるからです。

 

 「羅生門」は「生きる」ということの人間の本能を描いている物語だと思います。このまま飢え死してしまうのか、それとも悪事だとわかっていても盗人となってしまうのか。芥川龍之介が描いたのは、人間はどうあるべきかなどという理想ではなくて、命の現実だと思いました。幸いにも私達は、この命の現実を目の前に突きつけられているような極限的な状況のない日常を生きています。しかし何かのきっかけで、このような「善」「悪」の分岐点に立たされることもあるはずです。

 

 私は「羅生門」を読んで、人間とはつねに「善」と「悪」が重なった存在であると感じました。また同時に「善」と「悪」は状況により、揺れ動き、ひっくり返る、表裏一体なものであるのだと気付かされました。そして「正義」とは、「善」とは何であるか、その基準は思う以上に複雑で私にとっては難しい問題となりました。しかし、これから生きていく経験の中でその基準を、自分が納得できるようにしっかり考えていこうと思います。
(中学部2年 女子)

 

僕はこの作品を読んで比喩や独創的な表現が多く使われていると思いました。例えば、天の川を「川や乳の流れた跡」等と言ったり、「天の川を本当に川や乳の流れと考えるならば、その一つ一つの小さな星は砂や砂利、細かに浮かんでいる脂油の球にあたる」等のような表現が沢山あったためです。又「小さなピンセットで一枚の紙切れに、まるで粟粒ぐらいの活字を次から次へと拾い集める仕事がある」とありましたが、初め、現実的な理解をしたため全く意味がわかりませんでした。そして何回も何回も読み返しました。そして自分なりに想像すれば良いのだと気付いたのです。

 

 文を読んで、このストーリーの背景の色のイメージを頭の中で描いたところ、僕は大体「紺色」という印象が強かったです。それは決して表紙が紺色だからということではありません。
時々古い感じの言葉が出て来るのが印象的でした。「きっかり」を「かっきり」と言ったり、「言う」を「云う」と書いてあった部分です。

 

 ファンタジーのストーリーでは、書く方の表現の自由、そして読む方の感じ方の自由があり,それだからこそ理解が無限に広がり、壮大な感じがするのではないかと思います。

 

 銀河鉄道での出来事は本当は夢の中での出来事だったのか?という疑問の中に僕もさまよいました。それはジョバンニ(主人公)が目を覚まし、草の中で眠っていたシーン、そしてそこに「涙と胸のほてり」という表現が入っていたからかもしれないです。摩訶不思議な出来事が多く、面白みがある部分は他にもあります。「鶴や雁、白鳥等を押し葉にして食べると、お菓子の様に甘い」という表現や、実際死んだはずの人達が汽車に乗っていたりといった事があります。この死んだはずの人達が汽車に居るという事は、この汽車は「死人」が乗る天国行きの汽車なのだと僕は感じました。けれど、もっと奥が深いのだと思います。

 

 ジョバンニが胸が冷たくなったのはなぜか?この時大切な友人が危機にあっていると感じたからだと思います。

 

 赤い帽子をかぶり、両手に赤と青の旗を持って空を見上げて手旗信号をしていた人がいた。青い旗を挙げると鳥の大群が一斉に進み、赤い旗を挙げると鳥は止まり、潰れた様な音がぴしゃあんと鳴る。この事からこの人は、鳥を守る為に信号機の様な役割を果たしているのだと思いました。

 

 作者は直接的には書いてない事でも、その辺りを読み手に感じてほしいのだと思います。
 ストーリーの中では鳥が沢山出て来ます。作者は鳥が好きなのかなと思いました。神話やファンタジーに度々鳥が登場しますが、鳥の存在が物語をどこか神秘的にする効果があるのではないかと思いました。
(中学部2年 男子)

 

話し合いの2ヶ月は長かった。
準備の1週間は速かった。
当日は、一瞬だった。

 

11月4日に私が感動したことは2つ。
1つ目は仲間のあたたかさで、2つ目は家族のあたたかさだ。

 

私はオープンデーまでに、級友の意外な一面を知り、同時に改めて彼らのことを知った。良いところも、悪いところも沢山知った。大喧嘩して3日間口をきかなかったのも、ペンキで汚れながら一緒に作業したのも同じ親友だった。私を励まして喝を入れてくれたのも、話し合いで私を苛立たせたのも、同じ奴だったのだ。立教という社会でともに過ごしているからこそ見られた、友達の等身大の姿は、お互いを分かりあって、「不思議の国」を作り上げる為にとても重要だった。始まりを4ヶ月前に遡る私たちのクラス企画は、私だけでなく、全員がお互いの本性、あるいはマジを見つけたから完成したのだと思う。

 

総合部門1位「Alice in Wonderland」発表の瞬間は、本当に嬉しかった。クラス全員で薬玉を割った時、その場にいた仲間のあたたかさが、心に響いたのである。最初で最後の面子で優勝できたことを、とても誇りに思う。

 

そしてもうひとつ、オープンデーの朝から私を驚かせたことがある。家族が来ていたのだ。全く事前に来ることを知らされていなかった私は、後輩の傘の下で2秒間フリーズしたのだった。
今思うと私が驚いたのは、単に私の家族が居たからではなく、私の「立教生という大家族」の中に家族が居たからなのだと思う。オープンデーまでに、好きも嫌いもひっくるめて付き合ってきた仲間が、すでに「家族」的な位置にあったのだ。入学から半年ぐらいしか経っていない「他人」なはずなのに、このあたたかさは驚きだし、嬉しいし、大好きである。長く感じた今までの苦労も、短かった準備期間も、みんなと過ごせて良かった。

 

この思い出をしっかり心に留めて、新しいスタートを切ろうと思う。私の家族と一緒にね。

 

(高等部1年 女子)

 

 

2年前にロンドン駐在となって以来、早くお邪魔したかったのが、ようやく実現出来て戻って来ることが出来ました。卒業以来21年振りで、施設も新しくなっていましたが、先生方や学校までの道は変わらず、嬉しかったです。これからも益々の発展をお祈りします。

また戻ってきますので、その際にもよろしくお願いします。

 

森西さん

 

19年振りに訪問させて頂きました。
当時お世話になりました先生方にお会いし、同窓と日夜過ごしたドミトリー、食堂を訪れ、多くの思い出が鮮明に浮かび上がりました。
ここで学んだ事を大切に、またこれからも立教での日々を胸に頑張りたいと思います。
先生方に深謝申し上げると共に、今後の立教の益々の発展をお祈り申し上げます。

 

大西さん

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