試合に出るのも初めて、立教での行事も初めて、高校の「ノリ」も初めて。知らないことばかりの球技大会だったが、本当に楽しくて仕方ない1日だった。
私は赤組女子バスケに出た。練習が始まった時は、自分の技術に自信がなくて試合で動けるか不安だった。けれど高3の先輩はじめ、チームの人達に励ましてもらい、私もチームの為に動くようにしたので、2週間のうちに自分を信じてプレーできるようになった。そして同時に、飛野先輩が練習初日におっしゃったように、「楽しんで勝ちたい。」という気持ちが強くなった。だから、絶対に「勝つ気だけは無くさない」ようにした。
今日、私は4試合をフルに走り切った。自分でも信じられないけど、それよりも全試合自分を出して下さった先輩方に大きな感謝を感じる。赤組として、赤バスケとして試合に出れて本当に嬉しかった。すごく楽しかった。試合が終わって、チーム全員とハイタッチした喜びはずっと忘れないと思う。
ただし、この楽しい1日があったのは、敵の青組や体育委員、先生方など、たくさんの人のおかげだと思う。生徒全員、学校全体で盛り上がれて素晴らしい時間だった。
立教に入ってからの、高校生としての、沢山の不安が無くなった1日。今日はすごく印象的で、忘れられない思い出になった。
バスケの先輩方ありがとう。
赤組の一員になれて本気で嬉しかった。
(高等部1年新入生 女子)

 

「休みはどうだった?」そんなことを聞かれても僕は困ってしまう。というのも、僕は長野県に住んでいるのだ。それに加えて田舎だし、東京に行くのにも4時間もかかるのだ。こんな不便な所に住んでいる僕だから家にいるより学校に早く帰りたいという気持ちの方が強いわけで、春休みはとても楽しい!ということはほとんど無いのだ。日本にいるのに海外に住んでいるのとあまり変わらない。一言で書くとつまらない。ホントつまらなかった。
普通にいつもと変わらない日。その日はとても天気が良かった。いつもお昼過ぎに起きている僕が、カーテンから差し込む朝日に起こされた。窓を開けると、涼しい風が部屋中に吹き込み、とても清々しい気持ちでいっぱいになった。こんなに天気の良い日は長野でもめったに無いと思い、散歩をしに町へ出た。春といっても僕の住んでいる所はまだちょっと肌寒い。だがそんな寒さも気持ち良かった。特に目的も無く歩くだけ。まわりの景色に目をやると、都会では味わえないような、ビル一つない大きな青い空と、雲が少しかかった山々。そして行き着いたのは、昔よく来た公園だった。のども渇いていたので自動販売機でお茶を買いベンチに座った。桜も咲き始めでちらちらとピンク色の花びらを見せていた。桜を見ようと立ってみた。言葉にならないほどの美しさ。桜が背景になってしまうほどの美しさ。山の雪化粧。ただ、きれい。当たり前の景色に感動させられてしまっていた。自分の気持ちがこんなにも穏やかだと、見えるものも変わってくるのだと。うっとりと時が止まったかのように見とれてしまった。すごくヒマな長野の田舎のくせに、こんな景色を改めて見せられると、春休みに帰って来ても良かったなと思う。
(中学部3年生 男子)

 

春休み、さまざまな人々に別れを告げました。涙がこみ上げてくる時もありましたが、しかし別れがあっての出会いもあるのだなということもしみじみと感じました。
初めは別れは悲しいものだ、つらいものだという考えにとらわれていましたが、小学校を卒業し、心も体も成長したせいか、別れは成長するために大切なものなのだなということを考えるようになり、ものを違う視点から見て考えられるようになりました。
また、私には支えてくださる人々がたくさんいるということに気付きました。親、祖父、祖母、友達など私の力になる人がたくさんいて、こんなにも私のことを思ってくれていたんだと胸がいっぱいになる時もありました。そして、支えてくださる人がたくさんいるということに感謝し、その恩を返していかなければならないということを学びました。
さらに、別れを告げるとき、「あの頃はきびしくしていたけれど、立派になったね。」と言ってくださる先生方などからも学んだことがあります。それは、先生方からの注意を怒っていると感じずに相手としっかり向き合っていくことです。
このように、これまでの十二年間さまざまなことを学び、一歩一歩前へ歩んできましたが、これからは出会いと別れで学んだことをはじめ、今までの経験を生かし、人とのつながりを大切にして生きていきたいです。
(中学部1年 男子)

 

立教の森を抜け、その奥に広がる高い木々に囲まれた林には、この季節、人知れずひっそりと広がる紫色の絨毯があります。紫色の小さなベルの形をした花が一面に広がるブルーベルの林です。毎年入学式前後に一斉に咲き始めるのですが、今年は連日雨模様の寒い日が続いたため、林がうっすらと紫色になりかけたのが5月に入ってから。新入生を迎える恒例のブルーベル散策も延び延びになっていました。しかも今年はほとんど毎日降り続く雨で林の中の小道はぬかるみばかり。少し雨が止んだところでとても全校で歩ける状態ではありませんでした。ここ数十年、一度も欠かしたことのないブルーベル見学が今年は本当になくなってしまうかも知れない… 毎日空とにらめっこの日々でした。
そして、5月8日火曜日。午前中から珍しく雨がやみ、曇り空ながらうっすらと明るくなると、校長先生が「このまま天気が持てば、放課後にブルーベル散策に出掛けましょう」と先生方に連絡。最後の授業の先生方が生徒たちに連絡をして、「放課後靴を履き替えて中庭に集合!」の伝言が伝わりました。
「えーっ、泥だらけですよー!」「本当に行くんですかぁ??」と前からいる生徒たち。
「ブルーベリー?」(ブルーベルです!)「とってもきれいなんですよね!!」とちょっと目を輝かせる新入生達…
思いは複雑ですが、とにかく例年通り、まずは立教の森に向けてスタート!
いつの間にか空は晴れ渡り、久々の日差しが木々の間に降り注いでいました。水分をたっぷりと含んだ林の中はどこかしっとりとしていて、鳥達のさえずりも嬉しそうに響き渡ります。そしてその中で、立教生達の悲鳴?!と歓声もこだましていました。水をたっぷり含んだ道はもちろん泥だらけ。平らな道を歩くのも慎重に行かないとすぐに転んでしまいそうなほどのぬかるみです。履き替えてきた運動靴もすでにどろどろ。一歩進むのにいつもの3倍ぐらいの時間がかかるぬかるみを、長い列を作って進んでいきました。半分大はしゃぎの小中学生、童心に戻って同じようにエキサイトする高校生、そして苦笑いしながら子ども達と一緒に歩く先生方。いつもの写真スポットにつく頃には皆泥まみれの靴に泥の跳ね返りがたくさんついたジャージ… でもいつもと同じ笑顔で記念撮影ができました。
ある新入生が、その日の学級日誌に書いていたコメント:
ブルーベルも凄かったけど、あの泥の中を行ってしまう立教も凄いと思った…
かくして今年もブルーベル見学が終わり、生徒たちも全員無事?帰校。森を歩いていた頃から急に広がった青空は久々にキャンパスを美しく彩り、帰寮後に生徒たちが必死に洗っていた運動靴が寮の玄関前のあちこちに並べられて午後の低い日の光にキラキラと輝いていました。

 

私は春休みに広島、長崎に行った。第二次世界大戦の終盤、世界で初めて原爆が落とされた地である。以前、広島に行ったことはあったものの、中々原爆が落とされて、そこで何が起こったのか、受け止められずにいた。今回広島・長崎に行き、色々なことを感じた。そしてこのことを忘れてはいけないと思った。
始めに行ったのは広島。原爆ドーム、平和記念館に行った。そこで感じたことは、「平和」であることの大切さである。一般の人々がたった一つの原爆で命を落とさなければならない。こんな事が本当にあってはならないのに、起こってしまっている。起こってしまった以上、いくら批判しようとされようと、現実は変わらない。ここで私がもう一つ感じたのは、被爆した人、戦争下におかれた人々が「生き抜いた」ということだ。戦争という誰もが辛く苦しい中で、前を向き、歩んでいった人々に私は感動した。
次に行ったのは長崎だ。山に囲まれていた為、被害者は広島に並ぶ程なのに、被害地の面積は驚く程小さい。それでも伝わってくるものは広島と変わらなかった。「平和が一番」当たり前すぎて、身落としてしまいそうなことだが、世界がそう思えるようにならなければいけないのだ。では、平和とはどのような事を言うのだろうか。私は世界の人皆が幸せである事だと思う。幸せは人それぞれだが、私は広島・長崎に行って、人が幸せになるために役に立てるような人になりたいと思うようになった。そのために出来ることは沢山あるが、自分が人を幸せに出来て良かった、と心から思えるようなことをやっていきたいと思う。
(中学部3年生 女子)

 

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