「休みはどうだった?」そんなことを聞かれても僕は困ってしまう。というのも、僕は長野県に住んでいるのだ。それに加えて田舎だし、東京に行くのにも4時間もかかるのだ。こんな不便な所に住んでいる僕だから家にいるより学校に早く帰りたいという気持ちの方が強いわけで、春休みはとても楽しい!ということはほとんど無いのだ。日本にいるのに海外に住んでいるのとあまり変わらない。一言で書くとつまらない。ホントつまらなかった。
普通にいつもと変わらない日。その日はとても天気が良かった。いつもお昼過ぎに起きている僕が、カーテンから差し込む朝日に起こされた。窓を開けると、涼しい風が部屋中に吹き込み、とても清々しい気持ちでいっぱいになった。こんなに天気の良い日は長野でもめったに無いと思い、散歩をしに町へ出た。春といっても僕の住んでいる所はまだちょっと肌寒い。だがそんな寒さも気持ち良かった。特に目的も無く歩くだけ。まわりの景色に目をやると、都会では味わえないような、ビル一つない大きな青い空と、雲が少しかかった山々。そして行き着いたのは、昔よく来た公園だった。のども渇いていたので自動販売機でお茶を買いベンチに座った。桜も咲き始めでちらちらとピンク色の花びらを見せていた。桜を見ようと立ってみた。言葉にならないほどの美しさ。桜が背景になってしまうほどの美しさ。山の雪化粧。ただ、きれい。当たり前の景色に感動させられてしまっていた。自分の気持ちがこんなにも穏やかだと、見えるものも変わってくるのだと。うっとりと時が止まったかのように見とれてしまった。すごくヒマな長野の田舎のくせに、こんな景色を改めて見せられると、春休みに帰って来ても良かったなと思う。
(中学部3年生 男子)

 

春休み、さまざまな人々に別れを告げました。涙がこみ上げてくる時もありましたが、しかし別れがあっての出会いもあるのだなということもしみじみと感じました。
初めは別れは悲しいものだ、つらいものだという考えにとらわれていましたが、小学校を卒業し、心も体も成長したせいか、別れは成長するために大切なものなのだなということを考えるようになり、ものを違う視点から見て考えられるようになりました。
また、私には支えてくださる人々がたくさんいるということに気付きました。親、祖父、祖母、友達など私の力になる人がたくさんいて、こんなにも私のことを思ってくれていたんだと胸がいっぱいになる時もありました。そして、支えてくださる人がたくさんいるということに感謝し、その恩を返していかなければならないということを学びました。
さらに、別れを告げるとき、「あの頃はきびしくしていたけれど、立派になったね。」と言ってくださる先生方などからも学んだことがあります。それは、先生方からの注意を怒っていると感じずに相手としっかり向き合っていくことです。
このように、これまでの十二年間さまざまなことを学び、一歩一歩前へ歩んできましたが、これからは出会いと別れで学んだことをはじめ、今までの経験を生かし、人とのつながりを大切にして生きていきたいです。
(中学部1年 男子)

 

立教の森を抜け、その奥に広がる高い木々に囲まれた林には、この季節、人知れずひっそりと広がる紫色の絨毯があります。紫色の小さなベルの形をした花が一面に広がるブルーベルの林です。毎年入学式前後に一斉に咲き始めるのですが、今年は連日雨模様の寒い日が続いたため、林がうっすらと紫色になりかけたのが5月に入ってから。新入生を迎える恒例のブルーベル散策も延び延びになっていました。しかも今年はほとんど毎日降り続く雨で林の中の小道はぬかるみばかり。少し雨が止んだところでとても全校で歩ける状態ではありませんでした。ここ数十年、一度も欠かしたことのないブルーベル見学が今年は本当になくなってしまうかも知れない… 毎日空とにらめっこの日々でした。
そして、5月8日火曜日。午前中から珍しく雨がやみ、曇り空ながらうっすらと明るくなると、校長先生が「このまま天気が持てば、放課後にブルーベル散策に出掛けましょう」と先生方に連絡。最後の授業の先生方が生徒たちに連絡をして、「放課後靴を履き替えて中庭に集合!」の伝言が伝わりました。
「えーっ、泥だらけですよー!」「本当に行くんですかぁ??」と前からいる生徒たち。
「ブルーベリー?」(ブルーベルです!)「とってもきれいなんですよね!!」とちょっと目を輝かせる新入生達…
思いは複雑ですが、とにかく例年通り、まずは立教の森に向けてスタート!
いつの間にか空は晴れ渡り、久々の日差しが木々の間に降り注いでいました。水分をたっぷりと含んだ林の中はどこかしっとりとしていて、鳥達のさえずりも嬉しそうに響き渡ります。そしてその中で、立教生達の悲鳴?!と歓声もこだましていました。水をたっぷり含んだ道はもちろん泥だらけ。平らな道を歩くのも慎重に行かないとすぐに転んでしまいそうなほどのぬかるみです。履き替えてきた運動靴もすでにどろどろ。一歩進むのにいつもの3倍ぐらいの時間がかかるぬかるみを、長い列を作って進んでいきました。半分大はしゃぎの小中学生、童心に戻って同じようにエキサイトする高校生、そして苦笑いしながら子ども達と一緒に歩く先生方。いつもの写真スポットにつく頃には皆泥まみれの靴に泥の跳ね返りがたくさんついたジャージ… でもいつもと同じ笑顔で記念撮影ができました。
ある新入生が、その日の学級日誌に書いていたコメント:
ブルーベルも凄かったけど、あの泥の中を行ってしまう立教も凄いと思った…
かくして今年もブルーベル見学が終わり、生徒たちも全員無事?帰校。森を歩いていた頃から急に広がった青空は久々にキャンパスを美しく彩り、帰寮後に生徒たちが必死に洗っていた運動靴が寮の玄関前のあちこちに並べられて午後の低い日の光にキラキラと輝いていました。

 

私は春休みに広島、長崎に行った。第二次世界大戦の終盤、世界で初めて原爆が落とされた地である。以前、広島に行ったことはあったものの、中々原爆が落とされて、そこで何が起こったのか、受け止められずにいた。今回広島・長崎に行き、色々なことを感じた。そしてこのことを忘れてはいけないと思った。
始めに行ったのは広島。原爆ドーム、平和記念館に行った。そこで感じたことは、「平和」であることの大切さである。一般の人々がたった一つの原爆で命を落とさなければならない。こんな事が本当にあってはならないのに、起こってしまっている。起こってしまった以上、いくら批判しようとされようと、現実は変わらない。ここで私がもう一つ感じたのは、被爆した人、戦争下におかれた人々が「生き抜いた」ということだ。戦争という誰もが辛く苦しい中で、前を向き、歩んでいった人々に私は感動した。
次に行ったのは長崎だ。山に囲まれていた為、被害者は広島に並ぶ程なのに、被害地の面積は驚く程小さい。それでも伝わってくるものは広島と変わらなかった。「平和が一番」当たり前すぎて、身落としてしまいそうなことだが、世界がそう思えるようにならなければいけないのだ。では、平和とはどのような事を言うのだろうか。私は世界の人皆が幸せである事だと思う。幸せは人それぞれだが、私は広島・長崎に行って、人が幸せになるために役に立てるような人になりたいと思うようになった。そのために出来ることは沢山あるが、自分が人を幸せに出来て良かった、と心から思えるようなことをやっていきたいと思う。
(中学部3年生 女子)

 

国際性について
中三三学期の国語の授業で今道友信の「温かいスープ」を読みました。その中で、国際性とは「外国語の能力や学芸の才気や事業のスケールの大きさ」ではなく、「相手の立場を思いやる優しさ、お互いが同じ人類の仲間であるという自覚なの」であり、「求めるところのない隣人愛としての人類愛、これこそが国際性の基調」なのだと述べてありました。
私はこの文章を読んで感動しました。パリの小さなレストランの女の人たちのさりげない親切から、今道さんはフランス人にどんなひどい事をされようとフランスを嫌いになる事はないと断言しているからです。日本人だとかフランス人だとか関係なく、みんな仲間で同じ人間なんだと分かりました。
私自身の経験ですが、小学五年生の頃の話です。私はベルギーの日本人学校に通っていました。ある日、私のクラスに転入生が入ってきました。初めて見た時は驚きました。金髪だし瞳は青くて、彼女は日本人とオランダ人のハーフだったのです。小学校の頃は私も私の周りも今以上に子供で、表面的だったので、話しかけるのが恥ずかしくて積極的に接してあげられませんでした。どうして私は恥ずかしがってしまっていたのでしょうか。それは、「温かいスープ」を読んで分かりました。自分とは違うものと思ってしまっていたからなのだと思います。今となってはとても後悔しているのですが、顔や体、言葉や文化が違うことの大変さに気付きました。国際性とは積極的に自分から話しかけたり誘ったりしてまず行動を起こすということだと私は思います。
次に、私は中三の一学期と三学期に英検を受けました。一回目は落ちてしまい、三学期の結果はまだ出ていませんが、そのときの私の経験です。一回目のテストでは緊張していたし、落ちるとは思ってもいなかったのでとてもショックを受けたのを覚えています。自分に足りないものは何なのか。相手に、試験官の人に与える印象や態度だと思います。私はあせりすぎたのか、無表情だったのでしょう。相手の面接官もあまり笑いませんでした。二回目は、過去のこのような事に気を付けました。気付いた事があります。笑顔で「ハロー」と言うのと、無表情で「ハロー」というのとでは、話しを続けていこうとする相手にとってどれだけ大きな効果をひき起こしているのかということ、笑顔が相手に話し続けやすさをもたらしているのだなと思いました。それで、今回は面接を楽しく感じる事ができました。国際性とは、あのパリの小さなレストランの生っ粋の女の人のような「目で笑う」笑顔で周りを楽しくするという事だと思います。
きっとどの世界にいる人とでも、自分が本当に仲良くしたいっと心から思って、正確なことばの決まりなんかは分からなくても、真剣に話そうとすれば、相手も私を分かろうとしてくれるはずです。国際性とは、人類愛であり、積極性であり、笑顔なのだと思います。
(中学部3年 Sさん)
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4月28日(土)に球技大会が行われました。
入学始業礼拝からはや2週間。新しい学年、新しい友達にもまだまだ馴れない中、来たる球技大会への勝利を目指し、放課後全ての時間を使って練習に励みました。そのため夜の授業・自習はクタクタ。そんな慌しい日々を送っていました。
いざ球技大会の日。チームは赤と青にわかれて点数を競います。初めに全体競技として、四人一組となり大きなボールを運ぶ、というリレーが行われました。その他行われた種目は、バスケットボール、バレーボール、ポートボール、ソフトボール、サッカー、ドッヂボールとどれも団体戦。お互いの協力なくしては勝てない競技ばかりです。天気は生憎の雨でしたが、大きな体育館が大活躍し、急遽女子のソフトボールは屋内での実施となるなど、保健体育委員の生徒は調整に大忙しでした。
昼食の後には、赤・青それぞれのチームの応援合戦。自分のチームの色を言い合うという毎年立教恒例(?)の応援に続き、チームの応援歌、そしてチーム独自に考えたユニークな応援合戦により後半戦はいよいよ盛り上がりを見せました。勝った種目のチームは、声の限りに歓声の声をあげ、また負けたチームは歯を食いしばり涙しました。この歓声・涙には、それぞれの積み重ねた練習の日々と、絶対勝つんだという思いとが感じられ、それぞれが最大限に闘い抜いた証とも思えます。
夕食の後は、いよいよ結果発表。なんと結果は赤が470点、青が460点とたった10点の差でした。どっちが勝ってもおかしくなかったこの接戦で力を出し尽くしたためか、勝ったチームはもちろん負けたチームも爽やかな笑顔をみせ、今年の球技大会は幕を閉じました。

 

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