本校東京事務所のメールアドレスが変わりましたのでお知らせいたします。
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同窓生の皆様
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7月いっぱいで使えなくなります。
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立教英国学院
ぼくの初めての球技大会が4月27日にありました。それはとても特別なものでした。ぼくはまだ先輩の友達が多くいなかったのでとても不安でした。けれど先輩はみんな優しく声をかけてくれました。ペアになった先輩も全く話したことがなかったのに、優しく声をかけてくれました。下から上の学年、みんな仲が良いのは全寮制のこの学校ならではの特徴だと思います。ぼく達が困っていると優しく先輩は声をかけてくれました。先輩がみんな優しいから楽しんで球技大会の練習もでき、本番を迎えることができました。
サッカーでぼくと一番学年が近い人が中学3年生で、他はみんな高校生だったので、学年の差もあり、練習についていくことがきつくて辞めたいと思ってしまう時が何度もありました。けれど、ぼくを救ってくれた人はやはり先輩方でした。先輩は優しく「頑張れ!」と声をかけてくれたので、辛い練習を乗り切ることができました。あの先輩方がいなければ、ぼくはくじけていたかもしれません。そして無事に本番を迎えることができました。朱色チーム全員で円陣を組んだときはとても良い気分でした。朱色の全員が一つになったと思います。
サッカーでも、朱色全体でも勝てたのでとても嬉しかったです。サッカーも大差で勝てたので、毎日休まず練習を頑張っていて本当に良かったと思いました。それに自分のチームだけでなく、相手のチームも応援することができて、先輩方は本当に良い人達だと思いました。
ぼくも先輩方を見習い、困っている人がいたら助けてあげて、下の学年にも優しくできるような人になりたいと思いました。
今、球技大会。ソフトボール2試合目。我らのチームを勝たせるために「4点差」をつけて相手チームに勝たないといけない。だが、今は、2回裏のノーカウント、0対6と我がチームは負けていて劣勢である。先輩ピッチャーはなかなかストライクが入らなくて、リーダーが「ピッチャー交代!」と言って、キャッチャーである私を指名したのである。その瞬間背筋に寒気が走った。先輩リーダーは私がピッチャーに交代した時に、
「深呼吸だぞ、緊張するな。」
と声をかけてくれて、3回目裏がまた始まった。8打席の人を前に私はボールを投げた。ボールはバットに素早くあたり、ものすごい速さで上にあがっていった。とっさにフライを捕る練習をしていたのが脳裏に浮かんだ。その練習通りに動いてみたら見事キャッチできた。そこで、怖いリーダーがノックの練習やフライの練習をしていて、
「一つ一つの練習は試合では1パーセントしか使わない。けど、その1パーセントで試合は大きく変わるから練習も頑張ってくれ。」
と言っていたのを思い出して、本当に意味があったんだな、と思い返した。そしてファーストベースにボールを投げたら見事2アウトをとることができた。
その後は自信はついたものの、2アウトから「8点」も取られてしまった。ぼくは「8点」は自分がそこで気を抜いたからだと思いプレッシャーで押し潰されそうだった。けれどミントチームのみんなが「励まし」の言葉をかけてくれて嬉しかった。
結局は負けてしまったが、私はこの試合で、人の優しい心を見つけた。怖い先輩リーダーも愛情を持った練習の怖さだと思った。
「プレイ」から始まる一言がぼくには響いて感じる。なぜならぼくは初心者として入ってきたのにサードという大事なポジションを任されたからだ。まさかこんなに信用されているなんて思ってもいなかったし、先輩もちゃんとボールが取れなかったらサードには置かない、と言っていたのに、こんなぼくがサードに入るなんて。。。
最初はまったく打てない・取れない・投げれないの状態からのスタートで、今回初めてキャプテンを務めた先輩が一から教えてくれて、時には厳しい言葉で言ってくる時もあって、だんだん練習をやっているうちにぼくも本気になってきて、時間があれば素振りをして先輩も一緒にやってくれました。
色々なこともあったけれど、本番の日はちゃんと気を引きしめてやりました。先輩に教えてもらったことの中の一つで、「ゴロボールは正面でとる」と聞いて、最初は何でか分からなかったけれど、本番になってゴロボールがきて受けとめきれなくてあせったけど、自分の体に当たって僕より後ろにはいかなかったので、そういうことかという風にわかりました。
本番では結局負けてしまったけど、あの厳しさは先輩の優しさなのかなという風に学びました。
「プレイ」から始まる一言が、ぼくには響いて感じます。なぜならぼくはサードという大事なポジションについていたから。
わたしは、初めての球技大会がとても楽しかったです。練習は三日くらいしかしていませんが、どの日もかなり接戦で、勝てるかなと、とても心配でしたが、球技大会当日は午前と午後合わせて同点だったので、少し安心しました。ミントは午前の試合に勝ちました。キャプテンがとても活躍していて、わたしはすぐに当たってしまったけれど、最後の20秒のところでコートにもどれたのでとてもうれしかったです。でも、午後の試合はとてもやりにくかったです。一番嫌だったのは風です。昼過ぎになって風向きがミントチームの味方になってくれなかったので、とても悲しかったです。
夕食後の成績発表は、これまでのどの大会よりも緊張しました。発表されたときはとてもくやしい気持ちとがっかりした気持ちがありました。それは朱色がミントに少しの差で勝ってしまったからです。わたしたちミントはペア競技で負けてしまっていたので、来年はまたドッヂボールを選んで全競技で勝ちたいです。
ぼくは、球技大会でソフトボールにはいりました。でも、ぼくは、たかが球技大会だから大丈夫だろうと思って、最初はサボっていました。先輩には言い訳を言って、みんなでDVDなどを見て放課後は過ごしていました。そして2日間練習に行かず、3日目に行ったら、先輩たちは真剣にソフトボールの練習に励んでいました。それを見てぼくはとても胸が痛くなりました。どうして今までサボっていたんだと思い、次の日から練習に参加しました。
でもサボっていたせいか、自分が思った通りにいかないのです。ですが、熱心に毎日やっていた先輩達は、どんどん打てるようになっていました。ぼくはその時、野球をやっていたんだから絶対に打てる、と思いもう一度打席に立ちました。ですが、ゴロにしかなりませんでした。そしてその日は一本も打てませんでした。
次の日、ぼくはまた練習に参加しました。その日は少しだけ打て、また次の日、また次の日と、どんどん練習しました。そして本番前日には、全打席打てるようになりました。
本番は負けてしまったけれど、たくさん打つことが出来ました。
「やることはやる!」ということを改めて実感しました。
「似合う?」
同学達と顔を合わせ始まった高校三年生の一学期、青から赤へと変わったネクタイの色に私達は心を躍らせていた。
昨年も迎えたはずの入学式。今年は何故だか違って見えた。それと同時に自身の入学当時を鮮明に思い出した。初めての寮生活に初めてのテーブルマナー。毎日忙しく進んでいく時にしがみつくので頭がいっぱいだった。自分がどのようであるのかさえ、自分の心を覗く余裕もなかった。
そうして仲間と過ごし、たどりついた今。私達は全てが最後となる最高学年になっていた。文化祭も体育祭も来年はこうしよう、次はこんなのがいいと案を出しあっていた去年。次はなく、今年で何もかもが最後。今までの高校三年生が引っぱってきてくれた学校行事から何から全て、見えないバトンはもう既に渡されていたのだ。
最後だから頑張る、ではなく、いつもの私達高校三年生の気合とプラスアルファで「ラスト」と言った言葉を背負い、学校全体を引っぱりそして支えられる学年になりたいと思った。最高学年になった今でも、こう考えると今という時に追いつくのに必死でいる自分がいる。立ち止まって振り返るのではなく、今は「今」をしっかり見つめ、少しでも前に進んでみれば、きっとゴールにたどり着くだろう。そして、私達も「縁の下の力持ち」と呼ばれる最高学年になれるのではないかと思う。バトンを受けとり、今。がんばろうと思った。
今回の春休みもイギリスで充実した期間を過ごすことができました。同じロンドンに住んでいる友達と遊びに行ったり、家族で出かけたり思い出が多くできました。5月には元号が「平成」から「令和」に変わるという、日本人にとって大きな出来事もありました。その頃のイギリスはEUを離脱するのか、しないのかで国中が騒がしく自分が大きな歴史の節目の中にいる感じがしました。二週間ですが、語学学校にも通いました。私のクラスには、ドイツ人、韓国人、イタリア人と世界の様々な国から来た人達と一緒に授業を受けました。中でも特に印象的な出来事を話したいと思います。
やはり、どの国から来ている人も気になる話題は同じ、EUの離脱についてです。イギリスがEUを離脱するということは世界に大きな影響を与えます。特に今現在、イギリスに住んでいる私達の生活にも様々な変化がもたらされる可能性が高いです。
「もしEUを離脱したらイギリスではイモしか食べれなくなるわね。」
とイタリア出身の方がジョークのように言っていて面白かったです。その人の言う通り、イギリスで安く売られている野菜などの食料品の多くが他のヨーロッパの国々から輸入しているものです。EUを離脱するということはそういったEUの恩恵もうけることができなくなるということだなと改めて思いました。皆ちゃんと社会で起きていることにしっかり目を向けて自分の意見をもっていることに驚きました。自分もニュースを見て、毎日社会がどんどん変化していくなかで自分の意見を持って主張することのできる人にならなくてはと感じる春休みでした。
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