本日は

第1回狭山ヶ丘高等学校付属中学校

学校見学説明会でした。

 

お暑い中、多数の方にご来校いただき

誠にありがとうございました。

 

本校の入試の厳しさに逆に励まされて、

多くの方が過去問題集をご購入ください

ました!

 

~力を尽くして狭き門から入れ~

 

受験生の頑張りを心から応援いたします。

 

明日は本校高等部の野球部の

第4回戦(対山村学園)です。

 

県営大宮球場

14:00

テレ玉でも放送されますので

皆様の応援をよろしくお願いいたします。

 

校長先生の不登校体験(2)

驚いたことに、裏の草むらには、

学校を隠れ休みしている仲間が

沢山いた。しかも彼らは、

「俺は昨日学校に行って来た」とか、

「おととい行った」とか言うので

ある。尋ねると、机も腰掛けも

あったという。私は、「俺は机も

腰掛けもないから学校に行けない

んだ。お前、昨日行ったんなら、

今日も行けばいいじゃないか。

どうしていかないんだ。」と、

しきりに上級生たちを「善導」

した。後年教師になるだけあって、

私は「善導する登校拒否児」だった

のである。

在校生から受験生へ 狭丘的生活

 

 

 

 

 

 

中には女の子もいた。そのころの

「登校拒否グループ」には、後で

名の知れたやくざになった者も

少なくなかった、私も危ないところ

だったのかもしれない。

学校の裏の草むらに誰もいない日

もあった。みんな学校に行って

しまったのである。

 

「机も腰掛けもない」私は、行け

ないのだから寂しかった。ひとりで

草むらに隠れていても仕方がない。

私は他の場所を探索することにした。

町中をうろついている間に公園に

行きついた。それまで私は公園なる

ものを全く知らなかったから、

これはもう夢の国に違いないと思った。

滑り台、遊動円木、回旋塔、とにかく

沢山の遊び道具がある。田舎育ちの

私には、大人がこんないたずらみたいな

物を造るはずはないから、これは絶対に

夢の国だと思った。おまけに池には

ボートまで浮かんでいる。何と

すばらしい所であろうか。

 

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農村人口が八割を占めていた時代である。

公園で遊んでいる大人などいなかった。

小学生が来るはずもない。公園は文字通り

私一人が占有できる場所だったのである。

遊園地に連れて行ってもらうことなど

ほとんどない時代だったが、この隠れ

休みしている期間、私は公園の遊具を

存分に楽しんだ。おそらく人の一生分

くらい楽しんだのではないだろうか。

そのためか私は、今でもディズニー

ランドに行きたいなどとは思わない。

偽パスポートを使って我が国の

「ディズニーランドを見たかった」

どこやらの「ご令息」とは、そもそも

幼児体験の総量が違うのである。

 

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次へ続く

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