「アメリカだ」誰かが叫んだ。数百台の米軍トラックだった
のである。「戦争に負けたら、男は去勢され、女は黒人
の妾にされる」私たちは、そう教えられていた。
事実サイパン島では、米軍の残虐行為を恐れる女性達が、
崖の上から次々に身を投じた。その場所は今「万歳クリフ」
と呼ばれている。クリフは崖という意味である。 我々は橋の
真ん中にいた。空知大橋は長い。走りに走ったが、とても
間に合いそ うにない。幼い妹は走るのは嫌だと言ってぐずる。
「もう間に合わない。必ず轢き殺 されるだろう。」そう考えた
私は、水中に飛び込もうかと思ったが、妹も姉も泳ぐ事が
出来ない。浅瀬に激突する危険もある。私は妹を横抱きに
かかえ、走り続けた。 「もう駄目だ」そう思って振り返ったとき、
私は自分の目を疑った。何と米軍の トラックは、我々が渡り
きるのを待っていたのである。
「これはだまし討ちだな、みんなが橋の上に揃ったあたりで、
一斉に轢き殺すつもりだろう」私たちは、ひたすら走り続けた。
渡りきると、堤防の上から転げ落ちるようにして逃げた。
ここまではトラックも追いかけては来れないだろうと思って
田圃の中に逃げ込んだ。靴が泥濘るのも忘れて橋の反対側の
袂を見ると、米軍は明 らかに全員が渡り切るのを待っていた。
橋の上に誰もいないのを確かめたのであろう、彼らは轟音と
共に空知大橋を渡り始めた。いつ果てるともなく、トラックの
大部隊は空知大橋を渡っていく。