ペリカン君の想い出(4)最終回
私の脳裏には、即座に十二年前のモスクワでの
出来事が蘇った。ペリカンは単純に東京の警官
の数を尋ねたのではなかった。おそらく彼は、草
の根を這うようにし て国際活動家の間を探り歩き、
チェコ並びにソ連の圧政に苦しむ東ヨーロッパ全体
の自由化を模索していたのであろう。しかし、それが
あからさまになったときには、 生命の危険を伴う。
運転手が、実際には英語を話せる諜報機関員で
あることは彼も熟知していたろうから、私に対しても、
あのように「ユーモラスな」言葉で接近し たのである。
私の公式主義的発言は彼を痛く失望させ、田中と
ふたり顔を見合わせ て爆笑するに至ったのであろう。
彼の論文を読んだ後、電灯を消して布団に入った私は、
ペリカンを懐かしみなが ら、ふとこのことに気がついた。
そして、暗夜に顔の赤らむのを覚えたのである。今や
東ヨーロッパどころか、ロシアそのものさえ解放された。
レーニン存命中の中央委員すべてを殺害し、全国を
収容所列島と化したスターリンの圧制も今はない。彼に
殺された四千万の犠牲者たちへの記憶も忘れ去られ
つつある。政治活動に挺身し、三十過ぎまでは生きられ
まいと思っていた私も、思わぬ長生きをして老境を迎 えた。
ペリカンは、田中雄三は、今どうしているのであろうか。
(完)