北国の山の果実(4)
果実の大きさは、直径三センチ弱であろうか。
この実は、冬になっても落ちるこ とがなく、
枝についたまま歳を越す。夜はかちかちに凍り、
日中は日差しを受けて 暖まる。凍るのと融けるの
を繰り返す中で、果実の中の水分が、果肉の組織
をぐず ぐずに打ち砕く。そのような繰り返しの中で、
果汁が発酵するらしいのである。
かじると、アルコール分を含んだ果汁が口一杯に
広がる。噛んだあと、カスは雪の上に吐き捨てるの
だが、それこそ「よだれの穴が痛くなるほど」うまい。
日中は スキーを履いて、この山林檎の木を訪れた。
風呂敷に包み、首に巻き付けて帰って くるのだが、
毎日その美味を楽しんだものである。
大学入試に失敗した私は、高校卒業と同時に、この
山奥の中学校の代用教員にな り、英語を教えていた。
当時は、高校卒業の学歴で、中学校の教員として
勤めるこ とが可能な時代だったのである。 その村も、
人口が十分の一以下に減少し、昔日の面影はない。
勤務していた中学校も、併置されていた小学校も廃校
になった。
以来五十年、あの山林檎の木は、訪う人もないまま、
今も山の南斜面に立ち続けているのであろうか。
(完)