肌を温め合う育児(3)

 

私が青年教師の頃だから、ずいぶん昔の話である。
理科の先生が孵卵器で鶏の卵を孵化させようとして
いた。卵は温めているだけでは雛に孵れない。時折
孵卵器のふたを開けてひっくり返してやらなければ
ならないのである。

理科室では行き届かぬと思ったのであろう。理科の
先生は、孵卵器を職員室に持ち込んできた。 やがて
ひよこが生まれるというのだから、私は早くその姿を
見たいものだと思い、毎日卵をひっくり返すのを
手伝った。やがてそれは完全に私の仕事になって
しまった。

孵化させるというのは、なかなか難しい仕事である。
結局卵は一個しか雛に孵らなかった。ひよこが生ま
れたとき、そばにいたのは私であった。殻をつついて
出てくる雛の 懸命な努力は、涙が出てくるほど感動的
なものであった。

彼(後に分かるのだが、雛は雄であった。)を私は箱に
入れて、職員室の自分のデスクの上で育てることにした。

ひよこは生まれて直ぐに、そのあたりを自由に歩き回る
ことができる。私は運動不足になってはいけないと思い、
職員室の中を散歩させることにした。ところが彼は、
決し て私のそばを離れない。私が動けば必ずその後に
ついてくる。デスクで事務を執っていると、絶対に私の
そばを離れない。

どうやら彼は、私を親だと信じ込んでいるらしいのである。

 

その4につづく…..

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