体罰「絶対」禁止への疑問(4)

 

実は明治以来の我が国教育は、決してそのように
威圧的なものではなかった。

開戦の年に小学校三年に在籍し、敗戦当時中学一
年生だった私でさえ、教師に殴られたというようなこと
はほとんどない。

目撃するケ ースも極めて稀だったし、そのケースも、
むしろ私が教師の側に共感を 抱けるようなケース
ばかりであった。

しかしアメリカは、とにもかくにも日本の歴史、文化、
伝統、教育のすべてを否定する必要があったから、
それまで行われていた、比較的伸びやかな教育を
も否定し、その延長上に、体罰はいかなるものであ
っても断じて許さないという姿勢を貫いたのである。

文部省、大学教育学部の教授達、教育行政に携わる
人々、校長、指導 主事達のすべてが、「我遅れじ」と
ばかりこれに追随した。

彼らのほとんどは、常にアメリカの要求以上にアメリカ
的であろうと心がけたものである。 私の中学一年から
高校卒業までの六年間は、このように見苦しく身の
安全を図ろうとする教師達に囲まれて過ぎた。

許し難いと思うのは、彼 らが身の安全をはかるばかり
でなく、少しでも優位な、有利な地位を獲得しようと、

先を争ってアメリカの要求に忠実であろうとしたことで
あ る。まさにアメリカの要求以上にアメリカ的であろう
とする、これら醜い日本人、醜い教師達に、私がどれ
ほどの憎悪を抱いたか、今日、若い方々にはご理解
頂けないのではないだろうか。

 

その5につづく…..

 

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