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令和3年度 第73回県高校総体サッカー競技大会兼関東大会予選

接戦を制し、5位を奪取!!

強豪日本航空に、まさに会心の勝利!

令和3年度 第73回県高校総体サッカー競技大会
兼関東大会予選 5位決定戦
日大明誠 前半 日本航空
後半

手塚秀昭のホイッスル

tezuka

令和3年度県高校総体サッカー競技大会兼関東大会予選6日目は、13日(木)、3・5・7位決定戦が行われ、本校は日本航空高等学校(以下、航空)と対戦し、勝利をもぎ取り5位となった。その他の試合の結果は以下の通り。3位:北杜、4位: 甲府商、6位:日本航空、7位:甲府工、8位:帝京三。なお、決勝戦は14日(金)、山梨学院高校と韮崎高校の対戦カードで行われる。

立ち上がりから航空は最前線の長身FW⑩にボールを集め、左サイド⑥が個人技とスピードを駆使し厚みのある攻撃で何度も本校ゴール前でチャンスを作り、押し気味に試合を進めた。8分過ぎからはその攻撃にさらに拍車がかかり、立て続けにCKを4本獲得したが本校ゴール前でのタイミングが合わずチャンスを逃し続けた。対する本校は、航空の攻めに防戦一方だったが、BKラインで落ち着いてボールを回し始め、25分、中盤で⑩粟生田がボールをキープしドリブルで攻め入り、ゴール前混戦から再度奪い返し、左サイドからのシュートが航空DFとGKの間を抜けゴールが決まり先制した。この得点でチームに活気がよみがえり、27分には⑪平田がカウンター攻撃で抜け出し、前に出ていたGKの頭上を越すロングシュートを放つなど主導権を取り戻した。

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後半、本校は一人目の交代カードを切り、前半のリズムを継続し攻撃に厚みが出てきた。14分に本校は二人目を交代、20分に航空は一気に4人を交代しお互いにフレッシュな選手の投入で活性化を図った。航空は新たに投入された選手が躍動し、22分、カウンター攻撃から早い攻めを敢行、左サイドから同点シュート決め試合は振り出しに戻った。この得点で息を吹き返した航空は、CKやロングスローで何度も攻めるが、本校DF陣の体を張ったプレーに何度も阻まれた。その攻撃を何とか凌いだ本校は30分、DFラインから中盤まで小気味よくボールを繋ぎ、先制点を挙げた粟生田が中央でのドリブルから見事なシュートを決め勝ち越した。その後は両チーム共に選手を交代させお互い最後の力を振り絞り、試合は一進一退の攻防が続いた後、昨日と同様に何とか守り切り5位を死守した。

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この試合、昨日の予備戦と同様に攻め込まれながらも冷静に対応し、我慢に我慢を重ねた後の得点で相手の戦意を喪失させ、又、同点にされながらもチャンスを必ずものにするゲーム運びに成長の跡が見られた。準々決勝で敗れた後の順位決定の2試合は、並みのチームでは士気も上がらずズルズルと負けを繰り返すことが往往にしてある。2日から本日までの12日間で5試合(含むリーグ戦)を戦い、選手は疲労困ぱいのコンディションの中、その5試合全てスターティングメンバーに名を連ねたのはたった2名のみであった。しかし、本日の試合が初出場である選手を含め途中交代の選手も遜色ない働きをして、選手層にかなりの厚みが出たことはチームに好循環をもたらした。さらに、関東大会出場は叶えなかったが、昨日の帝三に続き本日の航空の強豪2チーム相手に勝利を重ねたことは、次のインターハイ県予選に向けての好材料をチームにもたらしたことは確かである。

先発メンバー(学年)⇒交代
GK ①永 田(2)
DF ②神 田(3)
DF ③下 地(3)
DF ④安 達(3) ⑭橋 本
DF・主将 ⑤菊 池(3)
MF ⑥小 林(3)
MF ⑮高 橋(2)
MF ⑧吉 田(3) ⑯宇田川
FW ⑨敦 賀(3) ⑬苑 田
MF ⑩粟生田(3) ㉒山 田
MF ⑪平 田(3) ⑱大 月
リザーブメンバー
DF ⑫安 達(3)
DF ⑬苑 田(2)
MF ⑭橋 本(2)
MF ⑯宇田川(2)
GK ⑰片 平(3)
MF ⑱大 月(2)
FW ⑲八 木(2)
MF ⑳川 村(3)
FW ㉒山 田(1)

 

筆者のプロフィール ≪日刊スポーツ山梨版(現在休刊)より抜粋≫
手塚秀昭(てづか・ひであき)
tezuka1950年、山梨県塩山市(現甲州市)生まれ。1972年、日本大学明誠高等学校に英語科教諭として赴任。75年、サッカー部監督に就任。全国選手権県大会準優勝(82、83年)、インターハイ県代表(83,84年、私学勢として初)、関東大会県代表(88年)、日大付属大会優勝など県下屈指の強豪に育て上げた。“心”を優先とした指導で、独自の戦術を駆使し、常に強豪校を脅かした智将。又、県東部地区の第3種(中学生年代)の普及のため、2001年に「リヴィエール」を創設し、05年、06年に関東クラブ選手権県大会優勝(同大会出場)、06年、高円宮杯県大会(U15)第3位に導くなど、第2種、3種の2つのカテゴリーでそれぞれ優勝(第3種はクラブ選手権)に導いた。それらの功績が称えられ、08年、県高体連より「指導者功労賞」、14年、県体育協会より「体育功労賞」がそれぞれ授与された。
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