お題:新渡戸稲造のいう「親心」とは?
本学園には、初代校長・新渡戸稲造が昭和六年(1931)に記した「教職員心得」が、今日まで伝えられている。その筆頭に掲げられているのが、「人の子を預る以上は親心を以てこれに対すること」という一条である。
親心とは何か。生徒を我が子のように慈しみ、何よりも大切にすることだろうか。新渡戸文化小学校では、これを「どの子も我が子」というスローガンに置き換えている。小学生という発達段階を考えれば、まことに自然な解釈である。しかし、盛岡藩士の家に生まれ、『武士道』を著した新渡戸を、そんな好々爺におさめていいものだろうか?中高生を預かる私はもう少し違った見方をしている。
私はこれを、「親は子より先に死ぬ」という事実に立って考える。親はいつまでも子のそばにいて、守り続けることはできない。だからこそ、親が不在の世界を生き抜く力を、子に手渡さなければならない。人としての尊厳を知ること、そして学び方を学ぶこと。その基盤をつくるのが親の責任である。そして親としての最後の役目は身をもって子に死を教えることだ。こうした責任は、教師にも当てはまる。教師が目指すべきは、いつまでも教師に頼る、「いうことをよく聞く」生徒を育てることではない。教師がいなくなった後も、自ら学び続け、自分の判断で人生を切り拓いていける主体を育てることだ


