新型コロナウイルスによる自粛生活の影響で僕たちはオンラインで授業を行うことになりました。これで一学期は始まり無事に勉強できると思っていました。しかしいざ始まってみると何かが足りない。そう寮生活で大切な友達や先輩、後輩との関わりがほとんどありません。学校はただ勉強をするだけの場所ではありません。友達との関係を築くことは学校に行かないとできません。こんなにつまらない学校は学生歴10年の僕も初めてです。

そんなある日、僕たち生徒会のメンバーの中でこんな時期でもできる楽しい企画はないかという意見が出ました。すると顧問の先生からある助言をもらいました。それは「オンラインでコンサートをやったらどうだ」と。この言葉に全員が賛成し、すぐに開催に向けた話し合いを始めました。ところが話し合いをしてみると色々な問題点が見つかり、具体的な決定に至るまで実に一か月ほどかかってしまいました。

細かい方向性が決まってからは毎日大忙しの日々が続きました。生徒会長の指示のもとみんな必死に作業をし、なんとか開催できる段階まで持っていけました。そして僕たちのリーダーである生徒会長は僕に最も重役である動画編集という仕事を任せてくれました。これはとても誇らしくうれしかったです。元になる動画が送られてからは限られた時間の中でしたが、全力で編集しました。

いよいよ編集した動画を先生に預け、YouTubeでの一斉公開の時間になりました。初めて落ち着いて見たときにはこれを自分たちが作ったのかと感動すると同時にとても誇りに思いました。再生数を見てみると全生徒の約七割が公開とほぼ同時に見ていました。この数字を見たときは立教生が一つになれたと実感しました。

今回のオンラインコンサートでは様々なトラブルや苦労がありましたが、無事に成功として終われたことを光栄に思います。みなさんもどうせ何もできないからと諦めずにできることを探しましょう。

(高等部1年生 男子)

「コロナの影響で一学期は休校となりました。」私はこの言葉をメールで見た途端、絶望に近いような気持ちになった。友達にも会えない、生徒会で用意していた1学期の新企画もなくなる。そう考えると、今まで準備してきたものが全部崩れ去ったような気分になった。生徒会長になったばかりなのに、その意味がなくなってしまったように感じ喪失感が残った。

それから友達と何気ない会話をしていると「○○したい」などの願望を聞くことが多くなった。その時、私は生徒会長として今何ができるのか、オンラインでも私たち生徒会にしかできないことがあるのではないかと考えるようになった。私は1学期の新企画が出来なくなり諦めていたが、新しく自分から仕事を作ればいいことに気づいた。本来なら、学校で全員同じ時間に起きて一緒にご飯を食べる、というみんなと同じ生活を送るはずだったが、今は全校生徒がバラバラになってしまっている気がしていた。オンライン上でも気持ちを少しでも一つにするために、また、いつもの立教らしい「大家族」になるためにも新しい企画が必要だと思った。オンラインでの生徒会の活動は初めての試みだが、まずは自分なりに行動してみようと思い、新企画の立ち上げを決心した。

初めてのことだらけで不安が大きかったが、生徒会の仲間と話し合いをするごとに企画が具体的にそして現実的になっていき、新企画のことを考えるだけでわくわくした気持ちになれた。そして生徒会と先生とも議論を重ね、新入生や先生も含めた自己紹介の企画やオンラインコンサートの企画などを行うことができた。特にオンラインコンサートでは、多くの先生方や生徒から、「素晴らしかった」「学校に行ったような気分になれた」などの声をいただき、この企画を行ってよかったと思うとともに達成感も感じられた。

初めは不安だらけだったが、仲間とどうしたらうまくできるのか考え試行錯誤しながら最終的に企画を成功出来た。この経験が自分の自信につながった。どんな状況になっても、今の自分に何ができるのかを考え、まずは行動してみることが大切だと学べた。

一緒に頑張ってくれた生徒会の仲間や企画に協力してくれた生徒の皆さん、そしてサポートしてくださった先生方、本当に有難うございました。

(高等部2年生 女子)

私は今まで父の仕事の関係で、転校を繰り返してきました。新しい環境に入って、新しい友達に出会い、そして転校する、そのループにいる中で、私は気づかないうちに、いつの間にか、その場限りの関係性で終わらすようにしていたように思います。楽しければいい。どうせ、また引っ越すから、とどこか諦めたところがあったのかもしれません。転校してしばらくは連絡を取ったとしても、誰とも全く続かなかった。自分にも続けようとする気もなかったから。LINEやInstagram、Twitterなど、転校した分「友だち」や「フォロワー」の数は増えたけれども、その数を見るたびにどこか虚しい気持ちになっていました。

この春休み、他の人と物理的にも心理的にも距離が離れ、自分に向き合う時間が増えました。そのなかで、物心ついて初めて感じました。「この人たちとはこれからも仲良くしたい」という気持ちに。立教英国学院では、24時間、常に誰かと一緒にいます。その時間の中で気づいたら大事な友達がたくさんできていたのです。いつも誰かと一緒にいるから、深く考えなくても一人一人との関係性は深くなる。他人と深く関わるということをしてこなかった私にとっては初めてのことでした。初めてのことだったからかもしれないのですが、「これからも大事にしたい友だちができた」という当たり前のことに、せわしない学園生活の中では気付くことができませんでした。今度学校に帰ったら、一人一人との付き合いを今まで以上に大切に築いていきたいです。欲しがりかもしれないのですが、「これから」だけではなく、「これまで」の友達との関係ももう一度育みなおせたら、と考えています。もう会えないし、と割り切ってしまっていたため、今でも繋がっている人は数人、しかも本当に細い糸でしか繋がっていません。それでも、その細い糸が切れないように、できたら何人かの糸はもう少し確かな麻糸くらいにはできるように、もう一度、人との向き合い方を見つめなおしていきます。

たしかに特別なことはしていなかった春休みだったかもしれません。しかし、その「当たり前」を初めて発見できたことを考えると今までで一番得たものの大きい時間だった気がします。また、料理を母から教えてもらったり、家事を手伝ったり、犬の散歩に行ったり、映画を見たりと、特別なことは何もしてなかった毎日でしたが、でもそんな普通のことしか行っていないのに「楽しいな、幸せだな」と思える瞬間が本当に多かったです。今までにないくらい、家族との時間も増え、三食ともにみんなで食卓を囲み、そんな毎日もなかなか気に入っています。

最後に、私の部屋の前にはものすごく大きな木が立っているのですが、三月に家に帰ってきたときは枝に葉は全くついてなかったのです。それが、日を重ねていくうちに、芽が出てきて、少しずつ葉を付け、葉の色も緑を深くして、とにかく成長が目に見えて分かるのです。どんなに風や雨が強かった日でも、次の日は何事もなかったようにそびえている。そんな姿をみていると、「きっとこれからなにがあっても大丈夫、自分も負けてられないな」という気分になります。

今年は自分にとって高校生活最後の年になりますが、何一つ後悔しないように、新しい気持ちで臨んでいきたいです。

(高等部3年生 女子)

猛威を振るうコロナウイルスにより、世界では今190以上の国・地域で学校が封鎖され、15億人以上の生徒に影響が出ており、オンライン授業実施の動きが見られるという記事を読みました。予想しなかった事が起こっている中、私は高校3年生を無事迎えることができました。

高校3年生、それは大事な節目の年です。この節目の年ではより自分のことを知ることが大切だと思います。なぜなら大学で学ぶということ、どこかに就職するということは、より細かな領域に入っていくということを指しているからです。自分が何をできて、何をできないのか、何をやりたいのか、いまやりたいことを達成するためには何が必要なのか、これを見極めるというのはとても難しいことです。今まで家族や先生が様々な道を指し示してくれました。ですが、私は毎度毎度、変に意地を張り素直に聞き入れるということをなかなかしませんでした。せっかくもらったアドバイスを理解するだけの力、生かすことのできる力をつけたいです。

今まで、私は人に自分の知らないこと、不安なことを相談するのはとても恥ずかしいと思っていました。たとえ自分の心の中にトライしてみたいと思うことがあっても無視する自分。そんなに高度なことが私に出来るわけないと決めつけた自分。
『心の中でいくら何かを疑問に思っても、曖昧なままにしていたらこれ以上の成長は見込めないのではないか。』とふと思いました。
私は、悩みや不安ををオンラインで繋がってくださっている先生方、家族に相談をしたいです。こうすることで、悩み不安を曖昧なままにはしません。

先生方、両親が整えてくれたオンラインで授業を受けることができるという環境に感謝を忘れず、素直に聞き入れ学ぶという姿勢で様々なことに取り組みたいです。赤ネクタイをつけ、みんなで学校に集まれる日が来ることを願います。

(高等部3年生 女子)

「日本が大変なことになっている。」

期末試験をようやく終え、ほっとしていたところ、母からメールが届いていた。いったい何が起きているのか。春休みにはディズニーランドに行く予定だったが、どうも休園になったらしい。え?どういうこと?私はまだ新型コロナウィルスの恐ろしさに気づいていなかった。

「マスクが品薄で買えないから、寮にあるものを持ち帰って。」

そう言われ、使っていないマスクをスーツケースに詰め込んだ。

「トイレットペーパーが買えない。」

そんなことあるの?まだ実感がなかった。

「ヒースロー空港でもマスクをしてね。」

いや、そういわれても、イギリスでマスクをしていると、かえって病人みたいで目立つんだよね。母がナーバスになり過ぎていることを心配した。

いざ日本に帰国してみると、その深刻さを私は日に日に実感していくことになった。テレビやネットニュースでは連日感染者数が報告され、このウィルスの怖さや予防法が伝えられている。外に出れば、皆マスク姿だ。念入りな手洗いはすぐに習慣になった。今私たちにできることは不要な外出をしない、うつらない、うつさないこと、それだけだ。しきりに外出自粛が呼びかけられているにもかかわらず、自分だけは大丈夫と過信しているのか人が集まってしまう場所がある。残念だ。スーパーは空いている時間に行くようにした。品物も買うものにしか触れない、散歩は人の少ない場所へ、出来ることから実践している。不便なこと窮屈に思うこともあるが、この困難を乗り切るためにはひたすら耐えるしかない。まだミサイルが飛んでこないだけでも幸せだと思わなくてはいけない。しかし、いつまで続くのか。早く学校に戻りたい。

(高等部3年生 女子)

今回の春期休暇はいつもと違う。三学期の初めには全く想像もしていなかったような退屈な日々。特別補習が終わる頃には本当に日本に無事に帰れるかさえ怪しい状況だった。

正直、最初はそんなにやばいの?とか、そんなに大袈裟にする事?と思っていた。しかし、空港に行ってみると普段はマスク習慣のない英国の人達でさえマスクをしている姿を見て本当にやばいんだなと痛感した。

日本に着くと、もはやマスクをしていない人が全くいないという光景が広がっていた。そして、改めて非常事態なんだと認識した。

日本に帰ってから2週間くらいは小学校の時の友人と遊んだりカラオケに行ったりしていた。でも3月末から今までは家族以外にはほとんど会わない日々が続き、勉強以外はやることがない退屈な日々を過ごした。

そんな時に私の暇を潰してくれたものが2つある。

ひとつは、SNS。LINEやインスタグラム、ツイッターなどで友人と電話したりみんなが元気か確認したり。現代だからこそ、こんな感じで直ぐに連絡が取れたり、立教でも行われているオンライン授業が出来るのは時代の進化だとつくづく思う。もし25年くらい前にこんな状況が起こっていたら友人との連絡もなく授業もないという日々が続いていたと思うとまさに、不幸中の幸いなのかなとも思ったりする。私の好きな俳優で音楽家の星野源さんは自身のSNSで「うちで踊ろう」という動画をあげてみんなの心をひとつにしようとしてくれている。他のアーティストもライブの動画を上げたりインスタライブをしたり。やはり、SNSは今の時代には欠かせないものであり、みんなをひとつにする手段のひとつだと思った。

もうひとつは、部屋の片付け。私は中一の時に千葉から東京に引っ越した。それと同時に立教に通い始めた為に、ちゃんと部屋の整理を終わらせていなかった。そして、月日は流れ、物は増えて、そろそろ整理整頓しなきゃと思っていた矢先、外出が出来ずに退屈な日々が続く春期休暇が来たのだ。これはチャンス!と思い、まず小物が沢山入っている棚を整理し始めた。すると、思った以上の過去のストラップやシール、折り紙などが出てきた。私は、少しでも思い出があると捨てられない性分なので、どうしようと悩みながらも断捨離しようと決意してたくさんの物を捨てた。次は本棚とその周辺。5年分のクリスマスカードや星野源のグッズがズラっと並んでいて捨てるものはほとんどなかったが、あんまり触ってないところには埃がたまっていた。それらも全て綺麗にして整理整頓が終わったあとの達成感とやらはとてもいいものだった。これで、心や気持ちの整理も着いたのかなと少し思った。

テレビでもずっと新型コロナウイルスのニュース、ドラマも撮影が中止になり過去のドラマの再放送。学校の再会も未定のままで、日本での感染拡大は抑えられておらず収束するのは2年後なんて話もあるこのご時世。そんな中、酔っ払って自分はコロナだと言いながら街を歩いたり、最前線で戦って下さっている医療従事者の方々を誹謗中傷したり。今こそ世界がひとつになってこの大変な時を乗り越えなければいけない。だから、みんなでお互いを支え合って今を乗り越えられたらいいなと心から思った春期休暇だった。

(高等部3年生 女子)

2020年は、高校生活最後の年で、高校を卒業したら日本に本帰国するので英国で暮らすのも最後の年になります。春休み前から湖水地方に行く計画など、親が立教から戻るわたしのために楽しい予定をたくさん立ててくれていたのに、全部行けなくなってしまってとても残念です。イギリス観光してから帰国したい気持ちがすごくあるけど、毎日命がけで働いている医療従事者の方々や公共交通機関の運転手さんなどのことを思うとそんなことも口に出してはいけないような気がしてしまいます。

家族以外の人と会えず、日々自宅にこもる生活はやはり寂しいものがあります。でも悲しいことばかり言ってても仕方がないので春休み中の楽しかった思い出を書きたいと思います。

私はもともと家でゆったり過ごすのは好きなタイプなので、長時間寝たり、映画やドラマをたくさん見たり、ずっと放置してた本をやっと読んだり、お母さんと料理したり、意外と充実した生活をおくることができました。たまに前の学校の友達や立教の友達と電話すると元気が出ました。前の学校の友達は大学受験で1日13時間勉強しているらしくて、電話するたびに自分の勉強量の少なさを反省させられました。

外出できないし立教にも戻れないけど、家の生活は穏やかで時間に縛られず自由に行動できるという良い点もあります。イギリスは曇り空が多いことで有名ですが、春休み中ほとんど毎日晴れていて驚きました。気温も20℃を超えている日もけっこうあり、半袖で過ごしたりしていました。たまに散歩するととても気分が良くなるので、外に出て太陽の光を浴びるって本当に大切なことなんだなと改めて感じました。

コロナウイルスの影響で外出禁止令が出てから、窓に虹の絵を貼って気分を明るくする運動や木曜日の夜にみんなでNHSへの感謝を込めて拍手する運動が行われています。そういう活動を見てると暖かい気持ちになります。とくに利益になるような活動ではないけど、優しさや励ましの気持ちから生まれた活動だという点が心に響きます。

スーパーや道で人と2M距離を置かないといけなくて、それはお互いの身を守るために必要なことではあるけれど、少し悲しい気がします。人がたくさんいる場所は好きではなかったけど、誰もいなくなった街中や意識的にお互いを避け合っている感じはもっと嫌なものなんだなと気がつきました。まだ先の見えない不安な状況だけど、ポジティブに生きて、一刻も早くみんなが安心して自由に外出できて活気溢れる賑やかな世界が戻ってきてくれることを祈っています。

(高等部3年生 女子)

私は春休みが始まる前にケンブリッジ研修に行っていました。そこではとても充実した日々を過ごしていましたが、ケンブリッジ研修が始まる前から流行っていたコロナウイルスが大変なことになっているという話がされていました。私はまだそのコロナウイルスのことを危険視していませんでした。

しかし、ケンブリッジ研修が終わりロンドンの家に帰ってきた何週間後にコロナウイルス拡大防止のために外出禁止令が出されました。私はこれまで危険視していませんでしたが、この外出禁止令が出された後、自分の身の近くまで来ているのだと強く実感しました。今までもしっかりと行っていた手洗いとうがいですが、外出し帰ってきたときにだけしか行っていませんでした。しかし家にいる間でも一日に2、3回は手を洗うようにしています。また、ご飯をしっかり食べる、定期的に運動をする、そしてしっかりと睡眠をとる。これらのことをとても気を付けるようになりました。

ある日、母から日本で若いアイドルがコロナウイルスに感染したらしいという話を聞きました。その女性は自分の症状をブログに書いており、それを母が読んでくれました。その内容に私はとても驚きました。若い人は症状が軽いとうわさされていますが、その思っていた軽症の症状の度合いが全く違っていました。その女性も軽症といわれていたそうなのですが、夜中に呼吸ができず起きてしまったり、せきやたんが止まらなかったり、さらに微熱のわりにとても体がつらい、などといった症状があったらしく、そこで私はコロナウイルスの感染の威力に驚くとともに若いからと言って軽く見てはいけないと改めて強く思いました。

私はこの長い春休みを過ごしていて気づいたことがあります。日常生活で健康のために大切とされている手洗い、うがいなど今まであまり関係ないと思っていた昔の自分がいます。しかし、これらのことを日常から行う大切さに気付きました。また、こんな中で働いてくださっているかたの活躍が素晴らしいということにも気づかされるとともに、感謝の気持ちでいっぱいです。今まで見えていなかった世界の現実、陰ながら活躍している方々、さりげなく過ごしていた今までの日常の中には、たくさんのありがとうがあること。私は、これらを強く感じて春休みを過ごしています。

(高等部3年生 女子)

この春休みを端的に言うと、「当たり前」はないということを学んだ休みだった。

先学期の最後の方から確かにコロナウイルスは猛威を振るっていたが、四月になれば立教に帰れて、みんなとの日常を過ごせると思っていた。だから三月にみんなと別れた時に発した言葉は「また四月ね。」だった。そのため、春休みが始まって1週間半経った、三月の中旬に立教から来たメールには腰を抜かした。帰校が四月ではなく、六月だというものだった。残り二学期間しかない立教生活が短くなるのかと思うと、とても悲しかった。休みが終われば立教に帰り、みんなに会えるという私の中での「当たり前」が一瞬で壊れた瞬間だった。「当たり前」だと思えている生活があるということは幸せなのではないかと思った。学校に行けること、友達に会えること、行きたいときに買い物に行けること、そのほかたくさんのことを「当たり前」だと思っていた。しかし「当たり前」なんてなく、不自由なく生活できているということはとても幸せだということに気づいた。

「当たり前」がないと知った私はこの四月から高三になった。異例ではあったがヒースロー空港で配られた高三の象徴である赤ネクタイが、立教に帰るときには似合っている高三になれるよう、立教に帰るまでの期間成長できるよう、頑張ろうと思う。そして残り少ない立教生活を満喫しようと思う。

(高等部3年生 女子)

四月二十六日。今日もあっけなく一日は過ぎてゆく。本来なら今頃春休みを終え、高校三年生の一学期を迎えているはずだった。しかし実際には、不要不急の外出を避け自宅で過ごす日々を送っている。私達から日常を奪い、世界中をも不況に陥らせている新型コロナウイルス。それは丁度SARSが流行した二〇〇二年に生まれた私にとって、初めてウイルスの脅威を痛感させるものとなった。

よく知る志村けんさんや岡江久美子さんがこのウイルスに命を奪われ、日本中にピリついた空気が漂っていることは確かだ。ニュースに耳を傾けていると、どうやら日本の対応は他国に比べてかなり遅れており、どこかあまいように感じた。個人の移動を管理するアプリを取り入れたり、体温などを測る防犯カメラを設置した国だってある。緊急事態宣言が出された日本は今、駅の利用者は八割減っても百貨店の利用者は二割増えたそうだ。なかなかピークを越えられない。国民全員が〝自分が感染していたら…〟そう考えれば良いだけなのに。それが今の日本では簡単ではないらしい。中でも私が気になったニュースがある。医療従事者の手当についてだ。感染のリスクが高い中、身を粉にして働いている方々に政府からの手当がほぼないこと。ヨーロッパや韓国では約十万円の支給がされているそうだ。一体何のための保険金なのか。単純に疑問に感じた。同時に、そんな方々に感謝を直接伝えられない私達が出来ることは、stayhomeに限ると改めて思わされた。

私の住む県では四月に入って急に感染者が増え、あっという間に十万人に対するコロナ感染者の割合は全国上位になってしまった。友人とも会えず退屈な毎日。そんな毎日もオンライン授業が始まって少し忙しくなった。それが今は凄く嬉しいし、ホームルームやテレビ電話で友人らと話すと、やっぱり学校って良いな、楽しいんだな、離れてみないと分からないことだった。それだけ当たり前の生活を送っていたことにありがたみを覚えた。高校三年生になった私達が立教英国学院で過ごせる日々は残り僅かになっているが、良き仲間たちとたくさん思い出を作っていきたいと思う。そのためにも私が今できることを今一度考え、決して無駄にならない二〇二〇年春にしたい。

(高等部3年生 女子)

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