いよいよ4月になりました。来週になると7日(木)に始業式、9日(土)に入学式。学園は一気に子どもたちの元気な声に包まれます。今年度も引き続き、よろしくお願いいたします。

吉祥寺駅からの通学路になる井の頭公園の七井橋からの桜の風景です。人は多く出ていますが、花見の宴会をしているグループはなく、静かに桜を見ることができます。

井の頭桜1

井の頭桜2

小中キャンパスの桜は満開を過ぎ、散り始めています。一気に新緑の季節へと移行していくことでしょう。正門前、そして新校舎いちょう大通りのソメイヨシノです。

学園桜1

学園桜2

 

☆個性あふれる卒業生の活動は、こちら明星会(卒業生の会)FBをご覧ください。

(中学校副校長 堀内)

秋の公開研究会(美術分科会)では、『13歳からのアート思考』の末永幸歩さんのお話を伺い、生徒たちの常識を揺さぶりたい、自分らしい視点を持って制作をしてほしいと強く思い、中2の2学期は「リアルってなんだろう?」という課題に取り組みました。テーマは「レジ袋」。

詳しくはこちらをご覧ください。

美術3

 

美術2美術1

似顔絵1 - コピー (2)終業日の翌日の19日(土)、小中高全教員が集まっての「全園研究会」を実施しました。テーマは『未来を考え生きる力をどう育てるか~明星の探究・卒業研究に期待すること』。講師は本校の元保護者で、現在東京外国語大学副学長の中山俊秀先生。長く本校の「中3卒業研究」に保護者ボランティアとして協力していただいています。この日は、大学の研究者というお立場から主に次の3項目、①今の時代に求められる知 ②今の大学生に感じる課題 ③中3卒業研究の意義と可能性 についてお話しいただきました。

これからの新しい時代に求められる力とは、その中でこれまで明星学園が追究してきた教育がどのように位置づけられ、さらに発展していくか、小中高の全教員で共有し、大きな刺激をいただいたとても豊かな時間となりました。

さて、〖ほりしぇん副校長の教育談義〗第38話は、「卒業研究の実践」の第6回、テーマ探しに悪戦苦闘する生徒の姿をお届けします。

 

1 中学生の「卒業論文」との出会い(第33話)

2 中学生の「卒業論文」を提案(第34話)

3 早稲田中学校の実践(第35話)

4 なぜ中学生に『卒業論文』か?(第36話)

5 『卒業論文』から生徒全員の『プレゼンテーション』へ(第37話)

 

6 最も大切なテーマ探し

 

『卒業研究』において、最も大切なことはテーマを自分で見つけることにあります。一番楽なテーマは何だろうといった発想からは、楽しいことは生まれません。1年間かけての取り組みです。どう転がっても楽なはずはありません。だとしたら、仕方なくといったつまらない時間を過ごすのではなく、大変だったけど楽しかったといえるような研究にしてもらいたいと思います。

そのためには、自分の興味関心のあることについて深く考えてみることです。人からどう評価されるかではありません。あるいは、社会に対して疑問や不満を持っていることはありませんか? こういうこともテーマを探すためのきっかけになります。不平という言葉には、ネガティブでどこか人任せなニュアンスがあります。しかし、疑問や不満というのは現状をより良くするための原動力にもなるのではないでしょうか。

 

先日、明星学園で12年間を過ごし、国立の東京農工大学に進学、卒業後は京都大学大学院に進学、現在御蔵島の京都大学野生動物研究センターでイルカの研究をしている修士課程1年生の田島さんが、学園にやってきてくれました。卒業生として、中学1年生に特別授業をしてもらうためです。

人口約300人の御蔵島の周辺には、現在約130頭の野生のイルカが生息しているそうです。彼女は頭にカメラをつけ、海に潜って水中で泳いでいるイルカを観察・研究しています。イルカの個体識別の仕方、30~40頭の群れの中に入っての観察だからこそ出会える、面白い仕草、実際に自分で撮影した動画を用いてのお話に、中1生も好奇心いっぱいの表情で聞き入っていました。最後の質問コーナーでは、次から次へと手が挙がり、鋭い質問、ユニークな質問がとびだしました。それに笑顔で丁寧に答えてくれる田島さん、素敵な先輩に出会うことのできた1時間でした。

講演の最後に、中学校時代の自分自身のことを少しだけ語ってくれました。小さい時から動物、特にイルカが好きだったこと。中3の卒業研究のテーマを探す時、「自分のやりたいことをやっていいんだよ!」と、先生に言われたこと。自分の好きなことって何だろうと改めて考え、やっぱり動物だと思ったこと。彼女の卒研のテーマは、『なぜ今、野生動物の数が減っているのか?』でした。「中学生の時に、自分のやりたいことは何か、考えるきっかけを与えてもらえたことはとても大切なことでした。そして、好きなことをやり続けること、そのことでいろんなことにつながっていきました。今、御蔵島でフィールドワークしているのもそのおかげです。」その言葉に中1生は、何を感じていたでしょうか?

 

このように、中学3年生でみつけた研究テーマを卒業後まで持ち続けている例は思いのほか多いということに、後になって気づかされます。

 

数年前、私のもとに一人の卒業生から結婚披露宴の招待状が届きました。中学3年生の時、担任をしていた女子生徒です。彼女は内部進学で高校へ進む生徒がほとんどの本校において、一人都立の定時制の学校へ進学しました。それから、10年以上が過ぎ、その間会ったのは1、2度くらいだったでしょうか。年賀状のやり取りをする程度の関係でした。それが招待状には、主賓として挨拶をしてほしいというメモが入っていたのです。さあ、どんな話をしたらいいだろうか? 当時のことを振り返りました。卒業アルバムを眺め、そしてその年度の『卒業論文集』をパラパラめくり始めました。彼女の研究テーマを確認してみました。「親の愛情を受けない孤児はどうしたら幸せになれるのか?」はっきりと当時のことを思い出しました。彼女のテーマを見てドキッとしたこと。他の担任たちと彼女はなんでこんなテーマを持ってきたんだろうと、話したことが昨日のことのようによみがえりました。彼女の家族構成はどうだったっけ。でも、その後彼女の書いた文章を読んで安心することができました。論文のあとがきには次のように書いてあったのです。

≪自分はすごく恵まれていると思った。両親もいて姉妹もいる。家族全員仲良しだし、他のことでも恵まれている。でも、普通に過ごしているとあたりまえのことだけど、本当はあたりまえではない。あたりまえだと思えるのは、自分が幸せだからだ。子どもが幸せになるためには大人が責任を果たすことが大切だ。そのうち私も大人になるけど、自分は幸せだと思える子が少しでも増えたらいいなと思う。≫

 

温かい家庭で育ち、なおかつ自分と違う、環境に恵まれない子どもたちのことを中学校時代において想像する優しさをもっていた彼女を紹介するエピソードとして私は、彼女の卒論のテーマ名の「親の愛情を受けない孤児」を「親の愛情を受けない子ども」とし、スピーチ原稿の準備をしていきました。さすがに、披露宴の場で「孤児」という言葉を使うのはいかがなものかと、変な配慮をしていたことも覚えています。

披露宴が始まると、新郎新婦のこれまでの人生が紹介されていきます。私にとっては知らない、彼女の中学卒業後の姿が映し出されていきます。高校を卒業し、保育士になるための専門学校に通ったこと。専門学校卒業と同時に、一人東京から358km離れた離島「青ヶ島」に赴任したこと。そして人口わずか160人ほど、港はなく島外へはヘリコプターが唯一の交通手段であるこの島で、保育士としての仕事を始めたということ。会場のスクリーンには、ライブで島の保育園の子どもたちが映し出され、「先生!結婚おめでとう!」そして、かわいらしい合唱を聞かせてくれます。電波の関係で映像が時々乱れます。それでも彼女と子どもたちの絆をはっきり感じることのできる瞬間でした。

彼女はこの島で、今横に座っている新郎と出会い、今年東京に戻ってきました。新しい保育園では現在、0歳児を担当しているということです。目頭が熱くなる思いで、その様子を眺めていました。自分らしい、良い人生を歩んできているな、そしてこれからも頑張ってほしい、素直にそう思える素敵な披露宴でした。

卒業研究がその後の人生に影響を与える、そんな単純なことを言いたいのではありません。ただ、15歳という年齢で、自分とは何かを必死に考えるということは大きな意味を持っていると感じるだけです。

(次回に続く。今でも記憶に残っている生徒のエピソードを引き続きお話しします。)

3月15日(火)、中学校卒業式が無事終わりました。まん延防止等重点措置期間のため、在校生の参加は叶わず、例年熱い歌声が響き渡る合唱も自粛する形となりましたが、クラスの卒業動画・先生方からのプレゼント動画・花束贈呈など、大変心温まる卒業式となりました。
そのような中でも卒業生代表の4人の言葉には、心揺さぶられました。
それは決して平たんではなかった中学校の3年間、卒業する今だからこそ振り返り、感じられること。目の前にはいないけれど、後輩たちに伝えたいこと。
そんな4人の言葉をここで紹介させていただきます。

 

◇卒業生代表:カーター和(中3)

初めて体育館の入り口に立ち、中を眺めた時のことをよく覚えています。等間隔に並べられたパイプ椅子と、そこに座った見知らぬ人たちを見て、鼓動がさらに速まるのを感じました。となりの人との、たった2メートルの距離が恐ろしく広く感じられた転校初日からもう2年。あれから2年もたったことが信じられません。

あれが、昨日のようでもあり、一生涯をこの場所で送ったかのようにも感じます。でも本当は、そのどちらも間違いで、正しくは2年なのです。濃い時間でした。

明星は多様性のある学校です。多くの人が共感してくれるのではないでしょうか。ほかでは出会えないような人たちが集まった学校だと思います。決して完璧な人間ばかりだとは言えないけれど、まさしくその、個性的な人の集まりである点こそが私にとってのこの学校の最大の魅力でした。

私は多様性というものは寛容性をもつことを教えてくれると思っています。多様な人々と生活をしていると、必然的に、意見が合わないことが出てきますが、そういうぶつかり合いの経験こそが人として寛容性を持つことに大きく関係しているのではないかと思います。自分とは違う他者を受け入れること。自分とは違う意見を受け入れること。自分よりも弱い、能力のないものを排除するのではなく、認めるということ。自分と異なるものを受け入れる心のゆとりこそが多様性の作り出す最大の宝ではないかと私は感じます。こうした寛容性、心のおおらかさは多様性のある暮らしから学ぶことができると思っています。

寛容性を持つということは、つまり弱者に対して優しさを持つことに深く関係しています。そのような心構えを持っていれば、弱いものを排除しようという思考には至りません。社会に貢献していない人は生きる価値がないなどという思考には至りません。弱者に対する態度というものは人の芯をあらわにすると思います。

例えば今まさに国同士の力関係が語られているウクライナ問題に関しても、弱者に対する見方というのは非常に大きな論点となります。

私の好きな作家の、村上春樹さんがイスラエルの文学賞の受賞スピーチで話した言葉をここで紹介したいと思います。

「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。」

このスピーチのことに関して言えば、村上春樹さんは、ガザ地域に攻撃を続けるイスラエル軍を暗に批判していたわけですが、つまりは自分は弱者の側に立つということを言っているのです。

誰にも考えを押し付けるつもりはありません。ただ私も同じように、常に弱者の味方でありたいと思います。弱者と共に戦える人でありたいと思います。
弱きものを受け入れられる人というものは強く、優しい人だと思いますし、同様に弱きものを守れる社会は強く、優しい社会だと、私は思います。

多様性のある空間は寛容性を教えてくれます。私にこのような心構えを持つこと、弱者を思うこと、を教えてくれたのはこの学校です。明星学園の多様性の真価、多様性を生きる意味とはここにあると私は思うのです。

私たち人類の文明は未だかつてないほどに進歩を遂げていて、過去のどの時代よりも未来を予測する能力は高まっています。科学は確かに気候変動が起こっていることを示していて、このまま行ったら間違いなく起こるであろう、自然災害や、生まれる悪影響もわかっています。さらに世界中で男女平等が実現するには今から130年近くもかかるということまでも詳細に見えています。でも、こんなに正確に未来を予測する技術をもってしても、あるいは持っているからこそ、というべきなのか、私たちは人類史上一番の暗闇を生きているのではないかと思います。どんな最新のデータを持っている科学者であっても、私たち人類がこれから50年で歩む道はわからないのではないかと感じます。私たちは暗闇を生きています。こんな真っ暗な時を生きる私たちは不安に駆られることもあって当然でしょう。私は人類のこれからが怖いです。

でもそれでも、やっぱりこの世界にまだ希望はあると思いたい。そう思えないと辛いから

ありがちで、くさい比喩を使うとするならば、私たちは流れ星かもしれません。流れ星は私たちなのかもしれません。先行く道が真っ暗で何も見えないのならば、自らが明日を照らす光になればいいのです。

でも想像してください、暗闇を切り開いていく流れ星を。自らを燃やしながら、重力すらも存在しない空間を進む隕石を。孤独に思えませんか。その孤独さゆえに美しいのですが、私には流れ星が孤独に思えてなりません。

でもそれでいいのです。何も問題ありません。なぜなら遠くの地球という星からは、何万人もの人々がこっちを見上げているから。一瞬の輝きすらも見逃すまいと目を見開いてこっちを眺める子どもたちがいるから。

今日ここを去る私たちは孤独です。輝きながらも確かに孤独です。
でもそれでいいのです。なぜなら明星学園という星が遠くにあるから。ここにあるから。

 

*他の3名の挨拶については、こちらからご覧ください。

明星会FB(卒業生の活動をご覧いただけます)

3月19日(土)NHK(総合)『よなよなラボ』(最終回)が放映されましたが、今回のテーマは「卒業&いざ新生活」。<コロナ禍、令和ならではの学生生活を聞き取って岡崎体育さんとヤバTのメンバーが即興で「卒業ソング」を作る>ということで明星学園が協力、大学受験が終わりすでに進路の決定している9名の高3生に参加してもらいました。

明星学園の高校キャンパス(教室・屋上・グラウンド・食堂)や中学校の音楽室での撮影シーンが登場し、生徒の表情からも学園の雰囲気が伝わっているかと思います。

3月27日(日)午前0:45までNHK+で無料配信されています。

詳しくはこちらから。

(中学校副校長 堀内)

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似顔絵1 - コピー (2)今年度で26年目の卒業研究が先日終わったのですが、四半世紀を超えるこの期間、継続しつつも紆余曲折のプロセスがありました。生徒をどのように見るか、そこにどのような成長のプロセスがあるか、けして合理性で物事が進んできたわけではありません。そこにはさまざまなドラマがありました。【ほりしぇん副校長の教育談義】第37話は「卒業研究の実践」の5回目、「『卒業論文』から生徒全員の『プレゼンテーション』へ」をお届けします。  (中学校副校長 堀内雅人)

 

1 中学生の「卒業論文」との出会い(第33話)

2 中学生の「卒業論文」を提案(第34話)

3 早稲田中学校の実践(第35話)

4 なぜ中学生に『卒業論文』か?(第36話)

 

5 『卒業論文』から生徒全員の『プレゼンテーション』へ

 

全員が『卒業論文』を書くという取り組みは、形の上では順調に進んでいきました。しかし、一つ大きな問題を感じていました。それは論文執筆後の『プレゼンテーション』についてです。プレゼンを行う他薦自薦により選ばれた十数人の生徒を見るにつけ、他の生徒にも同じ経験をさせてあげたいと強く思っていました。あの緊張感、緊張感こそが人を成長させるのだと感じます。そもそも学年の中から特定の生徒を選ぶことはできません。限られた時間内での発表。もっと説明したいという気持ちは、私の論文を読んでほしいという気持ちに変わります。反応してくれる他者が目の前にいるわけです。恐ろしいことです。でも、本当は嬉しいことです。『卒業論文』を書いたことの意味を感じることのできる時間であり、場になっていたのです。論文としての良し悪しではなく、伝えたい中身があれば絶対にできる、これこそが全員に要求すべきことでした。

論文も素晴らしく、プレゼンも優れている。このような生徒は毎年ある一定数はいます。どこの学校でもそうでしょう。でも、中には文章が極端に書けない生徒もいます。だからといってその生徒に、人に自分の思いを伝えたいという気持ちがないわけではないのです。

その女子生徒は、もともと文字を書くというそれ自体に大変な苦労を持っていました。しかし、ファッションに強い関心があり、色彩感覚にも独特な感性を持っていました。もちろん、論文としての体裁を整えることはできません。それでも、お母さんと一緒に原宿に出かけ、道行く人のファッションを調査したり、いくつかの店舗で聞き取り調査などを行いました。私は彼女の指導を担当していたのですが、写真の選定などで授業中には見せない彼女の強いこだわりを感じることができました。

プレゼン当日1日目のことです。下級生を前に、たどたどしくもパワーポイントを使いながらなんとか発表をやり遂げました。前日、打ち合わせをしていたのですが、発表原稿をきちんと自分で書くことはできません。それにしては、合格です。私もほっとしたのを覚えています。翌日は、保護者一般向けのプレゼンです。一般の方を前に、顔を上げることができず、発表原稿に目をやりながらプレゼンする生徒が多い中、なんと彼女はお客さんとスクリーンを交互に見ながら堂々と発表を行っているのです。目を見張りました。発表が終わり、司会者が言いました。「質問や感想のある方いますか?」すると、あるお母さんが手を挙げました。「あなたの発表を聞いて、ファッションにものすごく関心があることが伝わってきたわ。あなた、将来こういう道に進みたいの?」「はい!」間髪を入れず、彼女の力強い返事が教室に響きました。次の瞬間、お客さんから拍手が湧きおこりました。教室半分の発表場所です。たくさんのお客さんがそこにいたわけでもありません。でも、彼女の力強い返事とまっすぐ前を見る表情は今でも私の脳裏に焼きついています。彼女はその後、希望通りファッション関係の専門学校へ進学していきました。

 

2011年、この年全員の論文の載った論文集を刊行、同時に各自一冊の自分の本を製本することができました。また、12月には全員が17のブース(1つの教室をパテーションで二つに分け)に分かれ、一人一人お客さんを前にプレゼンテーションを行いました。この年の研究発表会は下級生向けだけではなく、父母・一般の方に見ていただく日を設け、小学校や学外を含め広く広報をすることにしました。卒業研究が学年としてではなく、中学校全体として生徒の姿を見ていただくための取り組みとなった最初の年になったわけです。

この年責任者となった私は『2011年度卒業論文集』の巻頭に次のように記しました。

 

『2011年度卒業論文集』に寄せて

ここに『2011年度卒業論文集』として、今年度の卒業研究の生徒の取り組みを一冊にまとめることができました。私自身、感慨深いものがあります。それはたぶん一つひとつの論文を読むだけでは見えてこないものなのかもしれません。

それぞれの論文には完成するまでの背景があり、ドラマがあります。けして本人にとって順調にいったわけではないでしょう。なかなか自分のテーマが決まらなかった生徒。先生に相談カードを持って自分の思いを伝える段になっても、学年以外の先生に声をかけられない生徒がどれほど多かったことか。せっかく自分でテーマを決めたのに、参考文献として選んだ専門書の前に身動きの取れなくなってしまった生徒も数多くいたはずです。それ以前にそもそも自分が何を考えようとしていたのか、方向性が途中でわからなくなってしまった生徒もいました。

初めて彼らの活動の全体像が見え始めたのは明星祭での中間報告会でした。限られた人数で、それも窓の外から大きな音が響いてくるという過酷な環境の中でのプレゼンでしたが、コメンテーターの先生方からアドバイスや賛辞の言葉をもらい、発表者の眼はキラキラと輝いていました。それから3週間後、中学校のすべての先生方に協力してもらい、全ての9年生が8つの教室に分かれての中間報告会を持つことができました。多くの教室で質問や感想などがとびかい、予定の時間を大きく超えて盛り上がっていたグループもありました。論文を書く困難さとは別に、発表するということが人とつながる大きな契機になるのだということを感じた生徒は少なくなかったのではないでしょうか。

また、この時期本校の評議員でもある東京外国語大学の中山秀俊氏に主に言語・民族文化をテーマに取り組んでいる10名近い生徒が一人ひとり面談、アドバイスをいただきました。そのときの彼らの真剣に向き合おうとする姿は今でも私の脳裏にやきついています。中にはメールで連絡を取り合い、実際に大学の研究室にお邪魔することになった生徒もいたようです。来年度に向け、明星の中学生と研究の場である大学とをつなぐひとつの可能性を感じさせていただきました。

また、それとは別に、研究テーマを専門としている先生を自らさがし、大学の研究室を訪ねる生徒、いくつもの大企業に質問を送り、その回答を資料に自らの論を展開している生徒もいました。これらのことは、我々指導する立場の人間に大きな示唆と刺激とを与えてくれます。

このようにして12月、ついにカラー印刷された原稿に厚紙の表紙をつけ、この世に一冊の冊子を全員が手にすることとなりました。

今年度、もう一つの挑戦がありました。論文を書き、各自製本するというだけではなく、全員が自分の研究してきたことを一人ずつお客さんを前にして、プレゼンテーションをするということです。自分の研究してきたことを模造紙に書き込み、それを展示して見てもらうということはこれまでも何度かありました。しかし今回は全員が直接自分の言葉で目の前にいるお客さんに伝えるわけです。もちろん生徒にとって評判のいいはずはありません。大変な緊張感です。それにもまして自分の発表を聞いてくれる人がはたしているのだろうかという不安感も大きかったはずです。

ところが、おもしろいことに話すことが苦手だと思っている生徒ほど一生懸命発表原稿を書き、担当の先生のアドバイスを聞き、練習を重ねるたびに顔を挙げ、指示棒で模造紙の資料を指し示すようになっていきました。最終日の一般の方向けの発表会では自分たちでお客さんを呼び込み、プレゼンをとおして一生懸命人とつながろうとしている生徒の姿をあちこち見ることができました。ごく自然に受付を手伝ってくれている生徒がいました。いちょうのホールに来ているお客さんに是非教室でのプレゼンを見てくれるよう、自分よりもっとすごい発表があると伝えている生徒がいました。全てのプログラムが終了した後、全員で気持ちよく会場の後かたづけをしている姿、もしかするとこの姿こそが今回の卒業研究の取り組みを象徴する一場面だったのかもしれません。

ブースの作り方、プログラムの組み方、プレゼンの練習の方法など不十分な点は多々ありました。にもかかわらず、彼らを変容させてくれたのはお客さんとして彼らの発言に耳を傾け、あたたかな言葉をかけてくださった方々のおかげです。私自身もそういった場所に立ち会うことができたわけです。

もっとこうすればよかったと悔しい思いをしている生徒も多くいると思います。友人の頑張りを見ながら自分だってできたはずだと複雑な気持ちの生徒もいるでしょう。でも、そのような思いはきっと次へつながります。これはゴールなのではなくスタートなのです。そのような流れの中で彼らの論文を見るとき、また別の輝きをそこに感じます。

今回、このような形で発表会を行えたのは、学年だけでなく学校を挙げての取り組みとしての第一歩を踏み出せたことが大きかったように思います。特にK校長にはパソコンを一クラス分そろえることに尽力してもらい、ワード・パワーポイントの指導を一手に引き受けてもらいました。また、責任者としてなかなか先の見通しの立たない中、学年外でもHさんをはじめ多くの先生方に手をかしてもらいました。

そして全員のデータを手軽に一枚のDVDとしてまとめるのではなく、一冊の論文集として製本することになったのは、みんなの論文をじっくり読んでみたいという多くの保護者のみなさんの声と、初めて担任として卒業生を送り出すOさんの「全員の論文を紙にのった活字として手にしたい」という熱い思い、そして「それなら費用を安くおさえるために、編集作業は全部自分がやる」と言ってくれたK校長の心意気によるものです。

そんなたくさんの人たちの思いと、感謝の気持ちを添えて、この分厚くて重い一冊の論文集をお届けします。

この年の3月、今回の実践をふまえ、運営委員会より「卒業研究では全員に論文を課し、発表会において全員が一人一人プレゼンテーションを行う。発表会では父母・一般の方を対象とする日を設け、学年ではなく中学校全体としてその運営にあたる」という提案がなされ、中学校部会において賛成多数で可決されました。

(次回に続く)

こんにちは、高校ファッション部です。ファッションショーを軸に活動をしています。私たちはミーティングの中でショーの構成、曲、照明、メイク、ヘアメイク、撮影、全てを部員たちで考えて作っています。一つ一つにこだわりを持って最高のショーを作りたい、その思いで私たちはファッションショーを作りあげています。本日より公開となりました、2022年の1月に行われた無観客ショーを皆さまにお届けいたします。

スクリーンショット (84)

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詳しくはこちらの明星学園高等学校ホームページをご覧ください。

https://www.myojogakuen.ed.jp/high_school/news/26167

(高校 ファッション部一同/顧問 大石)

3月2日(水)、8年生の特別活動の時間に「日本財団 海と日本プロジェクトの一環で活動する海の落語プロジェクトによる出前授業」を実施し、落語家の三遊亭朝橘さんと環境科学者の井手迫義和さんの話を聞きました。

このプロジェクトは、落語と環境の専門家によるトークを通して、海の社会問題を“自分ごと”としてとらえようというものです。8年生は2学期に探究実践の授業で、各自がSDGsに関する問いを深めポスター発表を行いました。そこで海洋問題をテーマに選んでいる生徒もいれば、他の生徒の発表を聴いて海洋問題について関心をもった生徒もいたことでしょう。そうした活動を重ねてきた8年生にとってこのプロジェクトはうってつけなものだったのではないでしょうか。

落語1

落語4

落語家の朝橘さんもおっしゃっていましたが、落語は「観客の想像力」が必要とされます。そこにないものをあるように見せるのは演者の腕の見せ所ですが、落語家が言葉・表情・動作・小道具を用いて繰り広げる世界を楽しむには「観客の想像力」なくして成立しません。私が国語科ということもあってか、これは読書にも当てはまるように思います。例えば、小説はそこに書かれていることを情報として淡々と読んでいても(処理していても)おもしろくありません。どれだけ「読者の想像力」が発揮され、どれだけその世界に入り込み、どれだけ登場人物の葛藤や心の揺れを“自分ごと”として捉えられるかで変わってきます。8年生の生徒がどれだけ落語を楽しんでくれるかという問題は、国語科教師としての問題(不安)でもありました。

多くの生徒が今回初めて生の落語を体験しましたが、実際に始まってみると…ウォーミングアップから三遊亭朝橘さんはエンジン全開。生徒も負けまいと応戦しています。会場はあっという間に笑いに包まれていきました。

落語5

落語6

特別授業の後、この体験を通して美術の授業で取り組んでいる作品の着想を得たという生徒の話が聞けたのでご紹介します。この特別授業を挟んで、美術の授業では木の小箱の中にレジ袋を素材にして「レジ袋のリアル」を表現するという制作を行っていました。その生徒はファッションに関心があったため、ドレスを作ろうとしていましたが、落語の中でウミガメがクラゲと間違えてレジ袋を食べてしまうという話を聞き、美術の制作のインスピレーションを得たということでした。この話を聞いた当初は社会批判的なメッセージを強く主張しようとしているのかと思いましたが、よく話を聞き作品を見てみると、想定していたイメージとの違いに驚かされました。その生徒の作品は、クラゲと見間違えてしまうほどに美しいドレスを作り、そのドレスに見惚れているカメの様子を表現しようという「ドレスの美しさ」に主眼を置いたものだったのです。ウェットに富んだ作品を嫌味なく表現している作品からは、“自分ごと”として捉える生徒の生き生きとした逞しさを垣間見ることが出来ました。

(8年 国語科 佐藤翔哉)

若者に人気のバンド「ヤバT」(ヤバイTシャツ屋さん)が明星学園にやってきました。NHK(総合)の『よなよなラボ』という番組の中で、岡崎体育さんとともに新たな卒業ソングの歌詞を作るため、「令和の学生あるある」を聞き取りに高校牟礼キャンパスにやってきたわけです。

集合写真_ロゴ入り (3)

進路の決まった12年生(高3)9名が協力して作られた「令和の卒業ソング」のMVは、下記ホームページから、公式Twitterに入ると見ることができます。高校の教室や屋上、グラウンド前で撮影されたものです。

NHKホームページ『よなよなラボ』

ヤバTと岡崎体育さんで作曲する様子は、下記番組で放映されます。

『よなよなラボ』~卒業&いざ新生活

NHK(総合) 3月19日(土)深夜23:45~24:45

(中学校副校長 堀内)

2月26日(土)、延期となっていた『9年卒業研究発表会』を無事に終えることができました。まん延防止等重点措置の期間が延長され、保護者の皆さまには直接ご覧いただくことはできませんでしたが、下級生の7・8年(中1・中2)に対して熱いプレゼンが展開されました。人に伝えることの難しさと楽しさを感じた彼らは必ずや高校での活動につながっていくことでしょう。
8年生(中2)はすでに「卒研ガイダンス」を経て、先日は卒研ボランティアの皆さんを交えての「テーマ相談会」を経験しました。9年生のプレゼンはきっと大きな刺激となったことでしょう。A

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保護者の皆さまには当日ご覧いただけず、本当に残念でしたが、撮影した動画はこの後ご覧いただけるよう、作業を進めているところです。どの生徒も黒板の前にひとりすっくと立ち、一生懸命下級生たちに伝えようとしています。3年間で成長したお子さんの姿を是非見ていただければと思います。

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今回の発表会は、体育館会場(密を避けるため)と12の教室、併せて13会場に分かれて行われました。私の担当した体育館会場の10人の生徒のテーマ名を記します。
◇ナラ枯れ被害から見る人と自然の共生
◇気持ちを確実に言語化することは可能か
◇植物は褒められたい
◇身近にあるもので環境にやさしいプラスチックをつくる
◇大豆製品を手軽に美味しく手作りすることはできるのか
◇印象に残り、購買意向につながるCMとはなにか
◇ペットビジネスの闇
◇色の三原色で本当に全ての色が表せるのか
◇光の色と生物の関係
◇植物アレルギーの人が少しでも楽に生活するためにできることとは

生徒全員の文章が載った『卒業研究報告集』は、3月14日に配布されます。

 

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(中学校副校長 堀内)

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