よく日常で使う言葉。
「もうこんな時間!」
「時間がない!」
しかしその言葉に大きな意味はない。

立教英国学院へ入学して1年以上が過ぎた。慣れる、とは言っても常にこの学校に流れる「時間」に振り回され、どこか慌ただしく、まるで支配されているようだなぁーーー改めて振り返るとそう感じる。何も思い通りに出来ず、何も成し遂げられていない、そういうことではない。しかしいつも何か時間に追われている気がして忙しなかった。
よし、今度は私が立教の「時間」をコントロールしてみよう。

ご存知のように立教は起床、就寝時間、食事、自習時間と全てにおいて厳格な時間の決まりがあり、全てがいわば団体行動だ。誰一人として身勝手な理由で輪を乱してはならない。今までの私はその時間の中の集団の1人でしかなかった。勿論やるべきこと、自分の将来の目標に近づくための努力もしてきたつもりだ。「立教は何もかも時間が決められていて生徒の自由はない。」そんな声をよく耳にする。確かにテスト前なども自分の調子で時間を変えて勉強できないし、休みの時間とは言え周りで人が忙しなく動く中では時間の流れを感じずにはいられない。
しかし、この「限られた時間」にあるのはきっと不自由でも不満でもなく、「可能性」なのではないか。時間は無限ではない。そして全てに平等だ。一見立教では時間は限られた、決まったものと思える。しかし私達が身につけるべき本当のものはその限られた「自由」の中で自分を、時間をコントロールしていくことなのだろう。

今は卒業なんてまだまだ先のことに思えて凄く他人事のような気がする。しかし実際その時が来たら「十分」なんてことはなく、もっと… と欲が出てくるだろう。未来に今からそんな後悔を抱きたくない。でも時には自分に甘くなってしまう。
良いことを思いついた。私は今、立教英国学院卒業前夜の私から話しかけられている。
「もっとするべきこと、今しか出来ないことが山ほど転がっているだろう。今になって気付いて後悔をしている。だから一度だけ乗ることの出来るタイムマシンに乗り戻ってきたのだ。」

なんだか私にはまだ見えていないやるべきことが山ほどあるようだ。やる気が出てきたぞ!「時間」という言葉の意味を理解できるようになって卒業というゴールにたどり着けるように。

新しい学期が始まる。

(高等部2年生 女子)


フランスでシャガール美術館に行った。
シャガールの絵画は、美術の教科書などで数点見たことがあったが、女の人や羊が空を飛んでいる、夢見がちな作品を描く芸術家だというイメージしか持っていなかった。

美術館では音声ガイドを聞きながら絵画を眺め、家族と感想を言い合った。ガイドを聞いて、ただ絵を見るだけでは分からないその絵に込められた「意味」や「想い」を知ることが出来た。ユダヤ人の迫害、旧約聖書のメッセージや愛する人を失った悲しみ。テーマは様々だが、一枚のキャンパスの中に、シャガールの強い想いや深い意味が込められていた。

展示されていた中で特に多かったのは、ユダヤ人の迫害の様子が描かれたものだったように思う。シャガール自身がユダヤ人であり、パリやモスクワを点々としながらも故郷への愛と慈しみを持ち続けた彼の姿を知ることが出来た。

私が見た中で一番印象に残ったのは、「楽園」という作品だ。薄いブルーとグリーンが美しいこの作品は、神が与えた楽園で過ごすアダムとイヴ、動物たちが描かれている。咲き乱れる花や不思議な色合いの動物たちはにぎやかだが、アダムとイヴは手に禁断の果実を持っていて、上から天使がそれをじっと見つめている。寒色系でまとめられた画面は少し淋しげで、楽園追放という2人の運命を暗示しているように見えた。

この美術館に行って、私のシャガールの絵画へのイメージが大きく変わった。今まで持っていた幻想的で漠然としているイメージが払拭され、冷静で現実的な目線で描かれているという印象を受けるようになった。

時代背景や描かれたテーマを知ることでこれほどまでに受ける印象が変わるのだと分かり、とても驚いたが、貴重な体験が出来たと思う。

(高等部2年生 女子)

僕は中学生になり、初めての夏休みを迎えた。家に帰る事ができるし、しかも夏休みだという事もあり、とてもワクワクした。でも帰ったのは七月上旬。妹も友達も学校。父も母も仕事。かなり残念な気持ちがした。「よし、この間に宿題を終わらせよう。」と決心したものの、なかなかはかどらなかった。これまでの3ヶ月、必ず誰かが傍にいて、一人になることなんてなかった状況から、毎日朝から夕方まで、一人で留守番するという事態に陥った。この時ほど、一人が退屈でつまらないと感じた事はなかった。

ようやく周囲も夏休みモードに入り、僕が毎年楽しみにしている祖父母の家への外泊が近づいてきた。どこかへ旅行に行くというより、これが一番の楽しみだ。今年は、ラブラドールレトリバーが4月に13歳で亡くなってしまったし、昨年末に曾祖母が亡くなったので初盆だった。ラブラドールのブレンディーはとても大人しくて利口な犬だった。でも僕がイギリスへ行く前から少しずつ弱々しくなり、心配していたのだ。僕の入学式が済んで亡くなった。お盆の体験は初めてで、立派な盆棚で初盆を行った。そのような中、心配な出来事が起きた。祖父が初期の心筋梗塞で2回も救急車で運ばれ、カテーテル手術を3回行った。幸いすぐに退院でき、元気になったので、祖父母の家で一緒に僕の誕生日を祝ったり、花火をしたりして楽しむ事ができた。今の医療はすごいと感じた。祖母とは一緒に買い物に行き、あっという間に外泊は終わってしまった。

帰ってきた時は、日本のものすごい湿気と暑さに堪えられず、身体が変になってしまうかと思った。でもセミの鳴き声やこの暑さも日本の夏だなと心地良く感じるようになってきた。夜空にきれいに広がる花火もたくさん見ることができた。そして食べ物がおいしい。イギリスで皆と食べるのも楽しく、おいしいが、やはり家での食事はありがたいと、あらためて感じた。

そして何年かぶりに妹と母とで、広い草地に行く機会があり、虫捕り網を使って、バッタやこおろぎをたくさん捕まえた。と言っても、僕は昆虫があまり好きではなく、足を踏み入れるたびに、ぴょんぴょんはねてくるのが、とても嫌だったが、しばらくすると、小さい頃を思い出し、少し楽しくなった。そこで、かぶと虫の卵をもらったのだが、土の中の様子はなぞである。

あっという間の2カ月だったが、これで、2学期も頑張れそうだ。

30年ぶりに母校を訪れ、懐かしさでいっぱいになりました。
立教で過ごした3年間は、今の私の大きな基礎になっています。
先生方に心から感謝しています。
今度は当時の仲間と、ぜひブルーベルの花の季節に訪れたいと思います。
遠く日本より立教英国学院のますますのご発展をお祈りしております。

7月にイギリス人高校生と先生方を立教にお呼びして、Science Workshopの準備をするBriefing Weekendが行われた。彼らと3日間、一緒に寮で過ごし、日本での活動に備えるためだ。私はイギリスに3年ほど住んでいるが、同年代のイギリス人とこのように寮で過ごしたことなどなく、始まる前は楽しみな気持ちがある反面、どのように接したら良いのか、どんな話をすれば良いのかなど不安もたくさんあった。
しかし、実際に過ごしてみるとそんな心配は無用だった。自分の部屋は自分と英国人2人で、はじめのうちは2人が話しているのを聞いているだけ、という事もあったが2日目には日本のこと、自分たちの学校や家族、その日の活動のこと、また共通の話題としてはサッカーのことなど話すことは色々あった。話していくうちにとても楽しくなっていき、長い時間話すことができた。当然、言語の壁は高く、自分の意思を伝えるのには苦労したが、ゆっくり、丁寧に話すことを心がけた。しっかり意思疎通ができ、とてもうれしかった。

しかし、反省点もある。1つ目に、他のイギリス人生徒と話すことが少なかったことだ。ルームメイトとは話せても、イギリス人が複数人、話しているところに参加するのはとても難しかった。テレビの話や芸能人の話ともなるとまったくついていけない。そうでなくても聞き役になりがちであった。今後、積極的に一言でもいいから言葉を発する訓練が必要だなと感じた。
2つ目に自分の考えを持ち、そしてそれを英語にして伝えるということだ。日本についてのプレゼンを行った時や、イギリス人の原子力の専門家の方にお話を伺った際、自分の持つ意見や質問を伝えたい、と思う機会が何度かあった。しかし、なんと表現すればいいのかわからず言いたいことがはっきりと言えなかった。「日本語なら言えるのに!」という場面が多くとても悔しかった。そのようなことに陥らないためにも、英語の力をこれから伸ばして、自分の主張を展開できるようにしたい。

この3日間で様々な体験をしてとても楽しく、また自分の未熟さを痛感することにもなった。この貴重な経験を無駄にすることなく、更なる高みを目指して日々の生活を送ろうと思う。

(高等部2年生 男子)

夏休みが始まって一週間ほど経った頃、学校に残っていた私は東北で行われるワークショップの事前研修会に参加した。東北の方でも、日本人の高校生で事前研修会を行っていたようだが、私が参加したのは立教英国学院で行われた英国人との研修会だった。
Briefing Weekendの日の午後になると、学校ごとに続々とイギリスの高校生が集まってきた。6時の夕食時には、20名以上のイギリス人がニューホールの席に座っていた。一足先に席についていた私は、次々と現れるイギリス人たちに圧倒されてしまった。彼らは同い年とは思えないくらいに背が高く、大人びていたからだ。そして、学校の食堂で何十人もの英国人との食事は初めてだったので、更に緊張してしまった。だが、そんな緊張を全く関係ないものにしてしまうほど、彼らはフレンドリーだった。事前研修の三日間は、初対面の生徒たちと同じ部屋に泊まったのだが、初対面とは思えないほど彼女たちの話は続いていて、楽しそうだった。自分は人見知りで、国際交流をしても、会話が続かないことがほとんどだ。私は、初対面でも人見知りせずに会話を楽しめる彼女たちがとても羨ましかった。
この三日間、英国人とそれなりに話すことはできても、彼らの輪の中に入るのは難しかった。東北では、英国人と一度顔を合わせたというアドバンテージを使って、東北の高校生よりも積極的に英語を使っていきたい。そして、今度は英国人の輪に入り、彼らとの会話を楽しみたい。

(高等部2年生 女子)

6日(土)に、空港から、またイギリス国内の自宅から生徒たちが学校へ戻ってきました。教員が、戻ってきた生徒へかける挨拶。それは「お帰り」という言葉です。この光景は、共に学び、生活している立教英国学院の雰囲気の温かさを象徴するものの一つであるように改めて思えます。

7日(日)、英国はすっかり秋の陽気で、少し肌寒く柔らかい日差しの中、始業礼拝が行われました。今学期は新たに7名の新入生を迎えました。(後に入学する生徒2名を除く)
生徒たちは長い夏休みに、いろんな友達と会ったり、旅行をしたようで、1学期の慌ただしさや疲れをすっかり忘れ、明るく爽やかな笑顔がたくさん見られました。
2学期は年間で一番長い学期であり、またオープンデイという1年で最も大きなイベントのある学期でもあります。長くてつらい学期ではあるけれども、その長い時間を生かして、勉強にもしっかり腰を入れ、また部活動やいろんなことにチャレンジし、友情をも深め、実のある学期となってくれることを願っています。

※当該校の生徒・保護者以外で参加をご希望の方はイギリス本校までお問い合わせ下さい。

 

9月16日(火)   アムステルダム日本人学校
9月19日(金)   デュッセルドルフ日本人学校
9月23日(火)   フランクフルト日本人学校

この夏休み、南米ペルーの山奥にあるインカ帝国の遺跡、マチュピチュを訪れた。
遺跡の入り口から急斜面の山道を登っていくと、写真で見たことのある同じ景色が目の前に広がった。
標高2400メートルの山頂に築かれ、ふもとからは全く見えないので、謎の空中都市として、新・世界七不思議の一つに数えられている。
マチュピチュの遺跡はそれぞれの石がきれいに合致するように切り出されている。
これは、見た目の美しさだけではないらしい。
ペルーは、地震が起きやすい国で地震の時にわずかに振動しながら動き、その後、元の位置にしっかりと戻るという。
また遺跡内には星を映して天体観測をしていたとされる水盤や、
冬至や夏至の太陽の位置を意識して作られたものがたくさんあり、
インカの人々の知恵と技術の高さに驚いた。
僕は今までヨーロッパや南米の世界遺産をたくさん見てきたが、このマチュピチュの遺跡を目の当たりにした時の感動は格別だった。
空に近いところへ都市を築いたのは、スペインの征服者から逃れるためだったのか。
それとも、太陽の神に近づくためだったのか。
文字を使う文化のなかったインカ帝国の遺跡は多くの謎を残し、そこがまた人々を魅了するのかもしれない。

(高等部2年生 男子 ブラジル在住)

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