昨年は訪れる人もなく、ひっそりと咲いていたであろうブルーベル。今年は立教生の帰りを待っていたかのごとく咲き誇っていました。日差しにも恵まれた4月下旬、各学年で時間を作り、ブルーベル散策を行いました。感染症予防のため制限の多い日々の中にこうした息抜きの時間があることは生徒にとっても教員にとっても幸福だったようです。

**************************************

2学期に両親の本帰国が決まった私は2年ぶりに春休みを日本で過ごしました。今まではあまり気にしていませんでしたが、住んでいる地域など身近でもふと周りを見るとあちこちに桜が咲いているのが見られました。

桜と聞いて思い出したのが、3学期に古文の授業で学んだ徒然草でした。『花は盛りに、月はくまなきを見るものかは。』から始まり、桜の花や月は盛りの時だけが趣深いのではないということ、月や花は目で見るばかりではなく、心で感じるべきものであるといった内容が綴られていて、これを読んだ時に私はとても共感しました。つぼみを見て桜を心待ちに、思いを馳せるということも素敵だなと思いました。

また、「桜の花の下に近づいて酒を飲んだり連歌をしたり、大きな枝を思慮分別なく折り取ってしまう」というようなこと、「どんなものも離れたままで見るということをしない」というような内容も徒然草に記されていました。コロナ禍の今、日本ではお花見や宴会が禁止されてしまっているところも多く、春の代名詞とも言えるお花見ができなくなっていることに対して少し悲しく思っていましたが、この徒然草を思い出して、少し距離を置いて車から眺める桜もいいなと改めて桜に魅力を感じました。春の訪れを感じさせるとともに短い期間でしか咲いておらず、名残惜しさを残して散っていくという幕引きが私が桜に惹かれる理由なのかなと思いました。また、寒く長い冬を乗り越えて一斉に咲き始める桜の様子は、コロナ禍で自粛ムードにあって沈みがちな気持ちを晴らしてくれて、励ましてくれているように思いました。一刻も早いコロナの収束を願いつつ、また楽しい学校生活が送れるといいなと桜に勇気と希望をもらったそんな春休みでした。

(高等部2年 女子)

昨年は訪れる人もなく、ひっそりと咲いていたであろうブルーベル。今年は立教生の帰りを待っていたかのごとく咲き誇っていました。日差しにも恵まれた4月下旬、各学年で時間を作り、ブルーベル散策を行いました。感染症予防のため制限の多い日々の中にこうした息抜きの時間があることは生徒にとっても教員にとっても幸福だったようです。

**************************************

ギルフォードロードを右に曲がり校門が見えた瞬間に、立教に帰って来たんだという実感が湧きました。陸トラ、サッカーフィールドやニューホールなどすべてが懐かしくて少し感動してしまいました。校内に黄色い線が引かれていたり、バブル別での行動や、食事の席でのルールなど変わっていることが多すぎて、最初の方は新入生のような感覚で過ごしていました。実際に半分以上の学年の人と会ったことがなかったので、馴染めるか少し心配な部分はありましたが、みんな優しく気軽に話しかけてくれたのでその部分は良かったです。1週間経って、立教での生活にだんだん馴れてはきましたが、少し違和感を感じるようになってきました。少し考えてみたところ、朝の礼拝、ラジオ体操や食前などの鐘などがあったことを思い出しました。そこで改めて、毎日の習慣などを普通にできることがどれだけ恵まれていて幸せなことだと言うことに気づくことができました。

これから隔離期間が終わり、それと同時に本格的に授業が始まっていくと思いますが、こうして学校に来て自分の教室で先生やクラスメイトたちと対面で授業をできることに感謝をしながら立教での生活を過ごしていきたいと思います

(高等部2年 男子)

僕は立教英国学院に入学することが入学する前から楽しみでした。
イギリスへの初めてのフライトは10時間以上にもなる長旅でした。
いろいろな国には行ったことはあったけどイギリスへはいったことがなかったので希望でいっぱいでした。

立教英国学院に着くと僕はどきどきしていました。今からどんな友達に会えてどんな生活が待っているのか、そう思っていました。
到着してみれば在校生の人たちも優しく、なれやすい環境でした。
その日から初めてのことばかりでした。

食事は中2や中3の人と3食ともに食べて、生活面では初めて体験する寮生活で同じドミトリーの人と仲良くできたことが嬉しかったです。学校生活全体的な面では寮から友達と一緒に学校や食堂に行くと言う体験もしました。
今年はコロナの影響で入学礼拝が3日ほど遅くなりました。他にもコロナの影響で来て2日ほどしたらPCR検査をしなくてはなりませんでした。その次の日に入学礼拝がありました。入学礼拝では自分の名前を呼ばれて校長先生の前に行ってバッジをもらったときに僕も立教生になったんだなと思いました。

立教生活が始まった中で一番苦労したことがあります。それはベッドメイキングです。
ベッドメイキングは自分でしたことがあまりなかったので1日目はよくわかりませんでした。ですが同じドミトリーの同じ部屋の人がやさしく教えてくれたので二日目からはだんだん自分でできるようになりました。
まだ来てあまり経っていませんがこれからの立教生活が楽しみです。

(中学部1年男子)

”思ってたのと違うなぁ” そんな言葉が脳裏に浮かんだ。入寮してから一週間が経ち、仲の良い友達もできて、だんだんと生活には慣れてきたものの、今まで寮生活をしたことがなかった私にとっていきなり親元を離れ、全く知らない場所で暮らすことは簡単なことではなかった。自分の思ったことをはっきりと言えず、周りに流されてしまうことの多かった私は不安も大きかったが、ここでの寮生活を通して相手にしっかりと自分の意見を伝え自立すること、毎日計画的に学習することの二つを今年の目標に決めた。

自立することを目標にすると言っても、今までは何かと親に頼ってしまったことが多く、最初は色々と戸惑ってしまうこともあると思うけれど、まずは寮の部屋の整理整頓や自分のことはしっかりと自分でやるという当たり前のようで今までできていなかったことから始めようと思う。自立=独立と考えてしまう人もいるが、私は自分自身を理解し、仲間と助け合いながら生活していくことこそが本当の ”自立すること” の意味だと思う。また、私は国際関係の職業に就きたいと考えているため、英語を話せるようになりたい、上達したい、と思いこの学校へ入学させてもらった。なので、英会話の授業の時間などで勇気を出して自分から話しかけてみるなど日々の取り組みを大切にしていきたい。

長いようであっという間の三年間。関東、関西、ロンドン…様々な地域からそれぞれ異なった文化を持った子どもたちが同じ場所で同じ時間を共に過ごす。日本ではあまり経験することのできない、沢山の方々の支えがあってこそ実現できたことだと思う。そのことに感謝の気持ちを持って過ごしていきたい。

(高等部1年 女子)

私が編入を決心したのは、去年の10月頃でした。父が調べた立教のホームページを見たとき、昔からのイギリスへのあこがれの気持ちや、寮での生活を想像し、とても興奮したのを覚えています。

イギリスという国は、私が小学校のときにシャーロック・ホームズの本を読んだときからの私にとっての憧れの国でした。建造物や文化、そして歴史などは当時の私の心をつかむのには十分すぎるほどでした。そのような背景もあり私は、友達と遊ぶ予定であった冬休みの殆どを塾に費やし、編入試験のため勉強に励みました。周りの皆が遊んでいる中、一人猛勉強していたかいあってか無事合格したときは、家族で喜びあったのが、つい昨日のようで懐かしいです。

今年の4月からイギリスに編入することを中学の友達に告白したときは、とても驚かれました。伝えるタイミングがわからず、休み時間にまるで日常の会話のようにそのことを伝えた際、突然友達の目から涙が流れたときは、思わず「え?」と地声が出てしまうほど驚き、その後共に仲良く泣いたのを覚えています。その時私は、自分が勝ち取った立教という未来に親しい仲間との別れが含まれているということに初めて気付かされました。もちろん前々からの淡い望みが叶った私にとって決心が揺らぐことはありませんでしたが、両親以外にも、たくさん自分を応援してくれている人がいるということを改めて実感させられました。

春という季節は、出会いの季節であるとともに、別れの季節でもあります。別れの季節であっても、永遠の友達を持つことができ、私はとても幸せだと感じました。立教でも、そのような友達を作っていけたらいいなと思いました。
立教生となった今、もちろん不安なことも数え切れないほどあります。ですが、そのようなこともいい思い出になるように一日一日を大切に、楽しく生活していきたいと思います。

(中学部3年 女子)

映画『魔女の宅急便』のイメージをヒントに、高校1年生が新生活への思いを和歌の形で綴りました。
いくつかここでご紹介します。

「パンを焼く 母の姿は 見えずとも 涙流さず 花咲かすとき」

(解説)
普段当たり前だと思っていた朝ごはんを作る母親の姿が見えなくなっても、悲しくなることなく自分自身の花を咲かせようという歌です。
今の自分とキキ、どちらにも重なる歌だと感じます。
季語らしい季語はないですが、”花咲かす”が少し春らしさを感じさせます。

 

「うとうとと ねむる子猫を 見続けて 春の始まり 気づかず寝落ち」

(解説)
春休みにあまり何も考えずただのんびりと過ごしていたら、いつの間にか立教英国へ行く三日前で、急に実感がわく直前をイメージし、自分と重ねてみました。
また、春になって太陽御光がさしてくると、家にこもっていた猫たちがひなたぼっこしに出て来るのが春の始まりの合図の一種だなと思ったので、「ねこ」にしました。

中学1年生から高校2年生まで全員の生徒が「世界とつながる自分」をテーマとした、上記エッセイコンテストに作品を応募し、本校に学校賞が届きました。

「本コンテストは、次の世代を担う中学生・高校生を対象に、開発途上国の現状や開発途上国と日本との関係について理解を深め、国際社会の中で日本、そして自分たち一人ひとりがどのように行動すべきかを考えることを目的として」実施されています。

COVID-19の影響を大きく受けることになった本校の生徒たちですが、「社会貢献プロジェクト」や「WEBオープンデイ」、「ルワンダ講演会」を経て考えたところをエッセイにまとめました。

応募エッセイの一部を紹介します。

2019年3月から、私の父の駐在の関係から、ケニアのナイロビに住んでいます。私は1歳になる前から3か月くらいだけ、タンザニアのダルエスサラームにやはり父の駐在に同行したことがあるそうです。もちろん、私は小さかったので覚えていません。でも、ケニアに初めて降り立った時、どこか懐かしい気持ちになりました。私の名前の「エリカ」。これはアフリカにちなんだ名前です。父と母が南アフリカのケープタウンを訪れた際、大西洋とインド洋がぶつかりあって強い風が吹いている中、不思議な温かさをもって力強く可憐に咲く花、それが南アフリカ原産の「エリカ」だそうです。

1回目の駐在はタンザニア。2回目の駐在はケニア。他の国の駐在場所があったのにも関わらず2回ともアフリカ。これはキセキだなと思いました。

ケニアの空港を出て街に出たとき、私はびっくりしました。私の想像と大きく違っていたためです。よく聞くアフリカの様子や、ネットやテレビを通してみるアフリカ。それは地面のそこら中にゴミがあったり、家はボロボロ、地面には土というイメージで社会全体が「貧困」という言葉で表されるものだと考えていたからです。しかし、実際に街には車がアスファルトでできた道を走っていたり、ブランド品を持っている方がいました。アフリカ像の一面的な描き方にメディアの危険性を感じましたが、ナイロビにはアフリカ最大のスラム街と言われる「モガラスラム」があります。ここに住む多くの人々の仕事はモガラ地区の片隅にある屋台での売買です。私の父のドライバーもモガラに住んでいます。生活レベルは非常に低い地域ですが、小さい時からそこで育ったため、住みやすい場所であるという理由で一度このスラムを出ても戻ってくる人々もいるそうです。

現在はCOVID-19の影響で難しいのですが、その前は休みごとにここでボランティア活動をしていました。その内容は、ゴミ拾い、靴の配布、炊き出し、子供たちと学校で遊ぶなどというものです。ここには、メディアで取り上げられる以上の「アフリカ」があります。例えばゴミ拾いですが、とにかく大きなゴミの山がこの地域の至る所にあります。これをゴミ袋に詰めこむという作業をひたすら繰り返します。なぜこのようなことが起きるかというと、国のごみ処理施設が、日々発生するゴミの量に追い付かないためです。靴の配布も日本人からすると不思議な事かもしれません。現地の人の多くは裸足で歩いています。地面にはゴミはもちろん、ガラスの破片が落ちているなど、裸足で歩くには危険です。私の友人には、裸足で歩いてガラスでケガをし、そこから細菌が入り、足を切断した子もいます。こうしたことが起きないよう、日本でいらない靴を集めて、現地の人々に配布するのです。ご飯を食べることができない人々には、現地の日本食屋さんに交渉して協力いただき、食事を配布しました。現地の学校では、子供たちと遊びました。とても笑顔がきれいな子どもたちは性格もフレンドリーです。しかし、学校にさえ行くことのできない子どもたちも多くいます。その子たちのためにも何かできないかと心から思いました。

Asante sana-この言葉は私が大好きな言葉です。スワヒリ語でありがとうという意味です。私はこの言葉が大好きです。私はまだまだ学ぶことも多く、知らないことも多い存在ですが、どんなにボランティア活動が苛酷なものでも、この言葉と現地の人々の笑顔を見ることで、継続することができます。
私の名前にもかかわりのあるアフリカ。このアフリカは貧困などで苦しむ多くの人々がいます。政治や社会も多くの問題を抱えています。これからも少しでもこのアフリカのためにできることがあれば取り組んでいきたいと考えています。

<概要>

生まれた時からGoogleの恩恵を受けることができた僕は「Googleが存在しない頃の時代」を想像することができませんでした。そこで今回、読売新聞の企画した「Googleエンジニアと話してみよう」の機会を頂けて光栄でした。今回の講演の中で特に印象に残っている内容は何度も挫折したのにも関わらず、諦めずに挑戦を続けGoogleエンジニアになることができたという経験をされた方の話でした。「失敗は成功のもと」という言葉の通り、何度失敗しても最後には入社条件に見合う能力を身につけてGoogleに入社するという、夢を諦めない意志を自分も見習いたいという気持ちになりました。また、そのような人材を求め、受け入れたこともGoogleがここまで成功した理由ではないかと思いました。そのほかには、Googleの独自の労働環境についての話でした。Googleは、社内にカフェや娯楽施設などを充実させ、社員の満足する環境を用意して同時に移動時間の削減をしていることを知り、働き手を考慮する会社のあり方は社員がその会社をより好きになることに繋がることを学びました。Googleは現在、より多くの人にソフトウェアを提供し、たくさんの人が情報を手に入れることのできる社会を目指しているとのことでした。これは、障害を患っている人にも当てはまり、この人たちも使えるようなタブレットの開発をしていることを知り、色々な方法で社会へ貢献できることをも感じました。今回、「Googleエンジニアと話してみよう」に参加したことで、失敗に恐れない姿勢や行動を起こすことの大切さを再認識しました。これからは今回の経験を生かし、学校の仲間たちと一丸となり、夢に向かって高校生活を送っていこうと思います。

What it takes to become a Googlers -Yuuki Nagata-

Google has already been around for some time when I was born. So, in a way, I grew up “taking Google technology for granted”, not knowing what the world was like before Google revolutionized the search engine to bring speed, relevancy, and accurate predictions to global information exchange. I am very fortunate to be selected as a participant at the “Dialogue session with Google Engineers” organized by Yomiuri Shimbun. The session was insightful, eye-opening, and inspiring.

One of the speakers was very kind to share her application journey with us. I was surprised by the number of failures she had to overcome before succeeding in getting a position at Google. Not only was I impressed by her determination, I was inspired by Google’s tolerance to failure as well, that is, a candidate who failed an application before can improve herself and come back as someone who is fit for the job – “Failures are pillars of success”, a company powered by people who truly embrace this principle. This might be one of the reasons why Google is so successful.

Google also really understands what its employees value in their work life, and how to acknowledge those values by making them tangible. Besides providing a changeling and rewarding work environment, one engineer shared that the café at Google are delicious, the working space is comfortable, and there are many between-jobs-entertainments provided for its employees. He opined that such conducive working environment is very hard to come by, that he felt very fortunate to be a Googler. I was very captivated by his excitements as he spoke, as if I was there enjoying the perks myself.

In respond to my question about Google’s next frontier, I was told that the Tech-Giant plans to expand its market coverage by making its platform ubiquitous. In addition, Google will continue to advance its software applications such as Google classroom, Google meet etc. while making the Google Chromebook even more cost and function effective. Taking this a step further, Google has collaborated with Xbox to customize console and program application for people with disabilities. These applications are not limited to gaming, but to business functions, to physiotherapy and beyond.

Through the online discussions, I realize that we, students at Rikkyo school in England, share many qualities with the Googlers we have come to know. We are not quitters, we are not afraid of failures, we are encouraged to think out of the box, and put our ideas to actions; we eat well, we rest well, and most importantly, we live as a family, and support one another to achieve our dreams as a team. I am very glad that we are finally able to return to school in April, I am looking forward to sharing what I have learnt during the dialogue session with my fellow schoolmates.

本校は、パナソニック教育財団が主催する、ICTを効果的に活用したより良い教育の実現を目指す50万円の教育助成事業に応募をしておりました。そして、国内外256件の応募の中から厳しい審査を経て本校に対する助成がこの度決定いたしました。

(パナソニック教育財団HP:http://www.pef.or.jp/

 

<研究の目的・意図>
本校は、ロックダウンによって世界21ヶ国に居住する児童生徒に対してコロナ禍においても学びを保障するため1学期と3学期においてオンライン授業を実施してきました。その実践の中で本校の課題として浮かび上がった感染対策下での児童生徒の「探究活動」と本校の特色でもある英国近隣校との「国際交流」の2点を、本助成を一つの契機としてICTを活用することで「日・英協働 “Robotics” 探究プログラム」という1つの取り組みとして解決していきたいと考えました。具体的には、既に本校において実現している遠隔地にいる生徒と協働するロボット活動のノウハウを用いて、本校が毎年交流をしている近隣校と探究テーマを設定し、日・英の生徒が”Robotics (ロボット工学)”によって学校内や社会の問題解決に挑む探究プログラムを創設したいと考えています。そして、本校での学びを通して世界を舞台に社会の問題解決のために英語とICTを高度に用いて他者と協働できる人材の育成を目指して参ります。

本校が本助成の採択を受けるのは今回が初めてではありません。2002年(第28回)に「英国小中学校教育における情報メディア教育と探究学習」というテーマで助成を受けたことがあります(研究報告リンク:http://www.pef.or.jp/db/pdf/2002/j_14_58.pdf)。その際には、この助成により学内のICTを活用した教育実践が飛躍的に深化しました。今回の助成も本校におけるICT教育の発展の一つの大きなきっかけとなるよう、より一層邁進して参ります。

ページ
TOP